◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -7-
俺の本体となっているセレスタンは、憧れのリシャール殿下の傍らに立つために、子供の頃からひたすらに自分を磨き続けてきた。剣の練習も学問も決して怠らず、時には禁書と呼ばれるものにも手を伸ばし、知を貪欲に吸収しようとした。
その姿を、リシャールは昔から見て知っている。だからこそ今の殿下の言葉も、ただの咎めではなく、幼い頃からのセレスタンの性分を言い当てたもの。
あっさりと納得してくれたリシャールに胸をなでおろしたそのとき――低く響く声が割り込んできた。
「……まあ、事実だから仕方ない。しかし、良く見抜いたな。魔眼持ちなんて、早々、居ないぞ。尚、ここにいるオベール警備官、デュラン副官、モロー隊長、寮監――教会の上層部なんかは、俺の魔眼のことを知っている」
ルクレールだった。
つまり、他の者は知らないと――。
片目を覆う黒布の眼帯の下から、得体の知れぬ気配が滲み出ている。
「俺は“継承者”だ。『魅了の魔眼』の」さらりと告げられた一言に、空気がぴんと張り詰めた。「制御は出来る。完璧に。だが、念のため……人を惑わせぬよう、こうして魔法布で覆っている」
ルクレールは、ことさらに見せつけるように眼帯の端を指先で軽く引いた。
「ただし、制御を解放すれば、相手を意のままに操ることも出来る――気をつけろよ」
笑みを崩さぬまま放たれた声は、脅しとも戯れともつかず、ぞくりと背筋を冷やすには十分だった。
その瞬間、横にいたアルチュールが、反射的に半身を俺の前に出した。まるで庇うかのような動き――。
こ、これは、なんというスパダリ……! カッコよすぎて心臓止まるかと思った! 何この尊さ!! 尊死レベル!
アルチュール株、爆上がり案件です!!
幸いなことに、彼には『魅了の魔眼』の影響は及んでいない。
片眼の魔眼の影響力は、両眼が魔眼のゴルゴ―ンのように目を見た者全て、つまり広範囲に及ぶわけではなく、魔眼の持ち主が狙った相手を一点だけ射抜く。つまり今、能力を全開放されていないにしろ、布越しに微量でもそれを向けられているのは俺ということだ。
「おい」
そのとき、地を這うほど低く鋭い声が前方から飛んだ。
驚いた。リシャール殿下がこんな声を出すのを、俺は初めて聞いたかもしれない。
「セレスを脅かすな。何かしただろう? 私には効かなくても、彼には効く」
そう……、王族の直系男子には魔眼は通じない。
半神半人だったドメーヌ・ル・ワンジェ王国の始祖が、人を石化する魔眼の妖魔ゴルゴーンを打ち倒したときに得た能力――その血脈を、殿下は真っ当に受け継いでいる。
いくらコントロールして魔法布で覆っているとはいえ、殿下がこうしてヴァロワと無防備に、尚且つ、間近に居て平然としていられるのは、その耐性のせい。
リシャールは片眉を吊り上げ、静かに告げる。
「魔眼は、私欲のために用いてはならぬと定められている。ルクレール、もしお前がその掟を破り、他者に何かすれば……」一拍置き、氷のように澄んだ声が続いた。「その目は、この私がくり抜かなければならなくなる」
いつもは静かに、淡々と事を運ぶリシャール殿下……、必要以上に声を荒げることなど決してしないはずの人が?
どうした、殿下? 益々、他人のこと『雑〇』って言いそうな人になってるぞ!?
思わず言葉を失ったその瞬間、
「君たち」
叩きつけるような、しかし鋭く抑え込まれた声が、室内を打ち据えた。
オベールだ。眉間に深い皺を刻み、目をすがめ、机を拳で強く打ち鳴らす。
「まだ俺の話は終わっていないのだが?」
その場の緊張が、軋むほどに張りつめた。
直後、ルクレールは眉ひとつ動かさず、ゆっくりと口を開く
「警備官殿。リシャール殿下の件に関しましては、もう充分では?」
オベールの視線がルクレールに向かうが、彼は怯まない。
「次の議題に移りませんか? ここに来る途中、一足先に飛ばした俺の伝書使、アッシュから「興味深い剣を持った学生二人が、ガーゴイル討伐に加わっている」と報告を受けたのですが?」
彼の言葉を受けて、室内を覆っていた重圧が別の方向へと流れた。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
ブクマ、リアクション、ありがとうございます♥