◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -6-
俺の横でアルチュールが、あからさまに眉をひそめている。
うんうん。アルチュールは一途だもんな。
わき目もふらず、リシャール殿下一筋だった。……本編では。
しかし――、
「よく放校にならなかったな……」
吐き出した瞬間、しまったと思った。心の中でつぶやいたつもりが、声になっていたようだ。
殿下は小さく肩を揺らし、淡々と答える。
「それは、彼がヴァロワ家の“特別”だから――」
その言葉が終わらぬうちに、ルクレールが俺のほうへ顔を向けた。
敵に聞こえていたらしい。チッ。
まあ、距離、近いしね。
彼は、瞳を細め、ゆるやかな笑みを浮かべる。
その一瞬、凄まじい色気が迸った。ぞくり、と背筋が震えた。
なんだ……、これは……。
殿下の言葉に、ふと俺は思い至る。
――彼の眼帯。
もしや……。
「……魔眼のコントロールが出来るようになる年齢って……、十五歳前後でしたっけ?」
俺の問いかけに、リシャール殿下とルクレールが目を見開いた。
その反応は驚愕に近い。
オベールもまた、開いていた口をぴたりと閉じている。そして、デュラン副官とモロー隊長が、いっせいに俺へと視線を向けてきた。
「セレス……どうして、それを知っている?」
リシャール殿下が囁くように言った。
あっ――。
口をついて出た自分の言葉に、額から冷たい汗が伝う。
魔眼を持つ者がいるということ自体は、広く知られている。しかし、その存在は、ほとんどおとぎ話に近い噂に過ぎない。
転生前の世界でたとえるなら、「本の一ページを、一瞬、見ただけで全文を覚えられる人間がいる」と耳にするのと同じ。確かに存在するらしいが、大半の人は一生、実際に出会うことも接することもない。
まして、その魔眼は人を思うままに操ることすら可能な能力だ。ゆえに、その真相に触れられるのは、王族と当事者、そしてごく限られた一握りの者のみ。侯爵家といえども、踏み込むことのできぬ領域である。
そもそも魔眼を持つ者自体が極めて稀の稀。
滅多に現れないため、王国全体でも数えるほどしか存在せず、もしかしたら、今、現在、この男だけという可能性すらある。
なんと誤魔化せばいい?
俺が転生者で、前世で読んだ原作本編の中に、片眼が魔眼持ちのキャラクター――地方の塔に閉じ込められていた少年ルーク――が出てきたからだ……なんて言えるわけないだろう。
迫害を受けて、誰にも必要とされないと怯えていながらも、あの少年は健気に口にしたのだ。
「僕でも……人のためにできること、あるのかな?」
彼の母親は、決して表に出てはこなかったが、影で息子を支え愛し続けていた。その母に報いるためにも、少年は魔物討伐に加わり、必死に仲間の役に立とうとした。
まさか、あの少年キャラが、このヤリチンに変更されているのか……? 確かに赤髪だったが、あんな純粋で素直な可愛らしい少年が、こんなヤリチンに……。あり得ない! 俺にあの少年を返せ!
混乱する頭の中で必死に言葉を探し、半歩身を引きつつ、かろうじて口から出たのは、
「……うちの地下図書館の奥の奥に、禁書扱いの写本が……、それにゴルゴ―ンの話と共に、魔眼に付いて触れている部分があって……」
自分でも苦しいと言わざるを得ない言い訳を棒読みで並べながら、心臓が跳ねる。
リシャールはしばらく黙したまま、じっとこちらを見据えていた。
やがて、息を吐き、小さく肩を揺らす。
「……まったく。君は昔から、そういうことをやらかす」
それは呆れとも、懐かしさともつかぬ声音だった。
どうやら、信じてもらえたらしい。
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꧁設定①꧂
実は、入学前、すくすくと背が伸びたリシャール殿下を短期間に鍛えて『はかなさ』をはぎ取り、胸板を厚くし、受けから攻めに変更したのは、こいつです。このヤリチンです。
学院デビューを前に、「鍛えたい」と言ったのは、殿下だったけど……。




