◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -4-
「……なんか……大変そうですね」
思わず俺がそう口にすると、モローは「え? うううん」と首を横に振り、「他のガルディアンたちは、ガーゴイルの後始末に行ってきますって、突然、飛び出して行ったし、その間、俺は紅茶淹れて飲んでたから」と、気の抜けた返事をしてからいたずらっぽく笑った。
「うち、いつもこんな感じ。楽しいでしょ? ね、殿下は無理だろうけど、卒業したら君たち、うち来ない?」
……いや、楽しいのはあんただけだろ。絶対ぇ来ねえよ。こんな場面を見せつけられて、はい喜んで働きに来ます、なんて誰が言うか。むしろ逆効果だ。
そのとき、不意にかさりと衣擦れの音がした。
見れば、窓辺に移動したデュラン副警備官が、懐から小さな布袋を取り出している。そして、口をきゅっと結んだそれを器用に解くと、中から小指の先ほどの丸薬を一粒つまみ上げ、憂いを帯びた眼差しで窓の外を眺めながら、ためらいもなく口に放り込んだのだ。
――がりっぼりぼりっ。
静かな部屋に、硬いものを噛み砕く音が妙に響く。ふわりと漂うのは、清涼なハーブの香り。
「えっ?」
あまり何事にも動じないはずのアルチュールが声を漏らし、ナタンも目をまん丸にしている。
俺も思わず目を瞬かせると、モローが「ほらね」とでも言うように顎をしゃくった。
「中庭の薬草で彼が自作してるんだ。胃腸の丸薬。……まあ、見てのとおり常備薬みたいなもん。今日は口にする回数がやけに多いけどねー。あともう一袋、持ち歩いてるけど、それが無くなったら、副官、中庭に出て行ってしゃがみ込んで、草、そのまま食ってるよ」
あの上品そうでシュッとした方が? まるで美の女神が桔梗の花に生命を吹き込み、人の姿へと変えたかのような男が、中庭にしゃがみ込んで、草、食ってるの?
「あっ」
「どうしたナタン?」
「先日、中庭通ったときに見かけました。ガルディアンの制服を着た方が薬草の手入れをしていて、妙だなと思ったので記憶に残っています。あれ、食べてたんですね……」
……そんなことを聞かされたら、ますますここで働きたいなんて思わなくなる。いや、そもそも最初からここに就職する気なんてなかったけど。
「――おい、ロイク・アランティゴス・モロー隊長」
低い声が割り込む。オベールが、人形のように美しい顔の眉根に深い皺を寄せて彼を睨んでいた。
「はーい」
「全部、聞こえているぞ。お喋りはそのへんにしておけ。口の運動は十分だろう? 尚、勧誘しろとは言ったが、今のは全然、勧誘になっていない。もう少し、考えて話せ」
……はぁ? 今の、本当に勧誘だったの?
副官が常備薬をぼりぼり噛み砕いて食ってる光景を横目に、「楽しいでしょ、うち来ない?」って――それ、冗談ではなく、正真正銘のスカウトだったの?
いやいやいや。そんなブラック全開の現場を見て、はいっ、ぜひここで勤めたいですー、なんて言うやついる? もし「行きます」って言ったら、それはもう俺の正気が疑われるレベルだろ。
そんなことを俺が考えているすぐ横で、「はーい。すいませんっしたー」と、モローは、まるで叱責が子守唄にしか聞こえないかのように間延びした声を返すと肩をすくめ、小首を傾げながら片手をひらひらと振り、いたずらっぽく舌をちょろりと覗かせて、目を閉じくしゃりと笑った。
凄い! こんな完璧な『テヘペロ』は見たことかない。
……妙にかわいい。いや、ほんと、似合っているのが余計に腹立たしい。
学院時代、「月下美人」と影で呼ばれていた超絶美少年カナードとモローは友達だったそうだが、美少年とかわいい系……、
ちょっと待って! それ、受けの花園じゃないか?
いやもう、美少年+かわいい系で並んで歩かれた日には、周囲は目の保養どころか百合園通り越して薔薇園一直線だろ。
まあ、現在のモローは、胸板が厚くなり肩幅もしっかりして、見た目は完全に「チャラいけど攻め」路線に転向しているけど……と、くだらない想像をしていたそのとき、
再び響く――がりっぼりぼりっ、という硬い音。
無言のまま、デュランがまた丸薬を指先でつまみ、口に放り込んでいた。
オベールに視線を流すと、彼の眉間には更に深い皴が刻まれ、人形じみた美貌が冷たく険しい彫像のように固まっている。
なにこの空間……。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
えー……、原案者に、「草食わして」と言われまして、「え? 草?」「うん、草」「……」
今回、大変、難産でした。




