◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -2-
やがて管理室の前にたどり着くと、重厚なドアの前にモロー隊長が待っていた。
俺たちを見るとにこやかに頷き、把手に手をかける。
「そろそろ到着するってロックハートから連絡があったから待ってたよ。ほらそこの木にとまってる。俺の伝書使、カワイイでしょ?」
モローが顎で示した方向に視線を向けると、回廊を挟んだ目の前の大きな木の枝にコルネイユが一羽とまっていて、片目をつぶりながら翼の先で器用に二本の指……いや、羽根を揃え、まるで人間の仕草のようにおでこへ当てると、ピッと離してみせた。
……チャラい……。
なるほど、モロー隊長の従者だということが一目で分かる。あの軽さ、いや、コミュ力の高さは見事に受け継いでいるようだ。
それからモローは、ルクレール・シャルル・ヴァロワへ軽く目礼を送った。その瞬間、今までの柔和な表情がふっと引き締まり、一瞬だけ至極真剣な顔に変わった。
若き眼帯の騎士に対する、敬意と慎重さを帯びた姿。その切り替わりを目の当たりにして、俺はまた胸の奥で問いかける。
この男は、本当に何者なんだ?
直後、モローはにこやかな表情に戻り、こちらへと向き直った。
「殿下、凄かったっスねー。そこの子、観測手やってたの君かな? 助かったよ、ありがとー」そのまま俺とアルチュールに視線を流し、肩をすくめる。「お二人さん、怒られなかった?」
「……はい、叱られました」
俺が素直に返すと、アルチュールは少し顔を強ばらせつつも、言葉はあっさりと続けた。
「……でも、当然です」
モローは肩をすくめたまま、軽い笑みを浮かべつつも、口調には少しだけ真剣さが混ざった。
「うん。いや、やっぱり命に関わることだったからね。君たちはまだ学生だし、無理はしちゃいけない。だから、君たちを守るために俺たちがここにいるんだ。……信じてほしいな」その声は優しく、それでいて揺るぎなく響く。「次からは、もう少し慎重にね」
にこやかに一拍置くと、モローはそのまま手を置いていた把手に軽く力をかけ、扉を開けた。
「さて……、奥では色々と聞きたいことや言いたいことがあって、首を長ーくして待っている"ややこしい"人がいるから、そろそろ入ろうか? 今、デュラン副警備官がオベール警備官と二人っきりだから、そろそろ中に入ってあげないと、副警備官の胃が死ぬ」
その自然な振る舞いと口調に、場の空気がふっと和む。
軽妙だけど、きちんと責任感のある人物なのが、よく分かる瞬間だった。
「失礼します」
俺たちは揃って声を合わせ、中へと足を踏み入れた。
༺ ༒ ༻
前にここを訪れたときは、入り口でオベールと話をしただけで中までは入らなかったが――今回は扉をくぐった途端、思わず息を呑んだ。
広い。
そこは単なる倉庫番人の詰め所などではなかった。
壁際にはガルディアン・デコールのための各種武器や、見たこともない工具が整然と掛けられ、大きな作業台には部品や魔道具の素材が所狭しと並んでいる。まるで魔術と工学の境をつなぐ、小さな工房のようだ。油と金属の匂いがほのかに漂い、奥には寝台が一つ据え付けられていた。さらに、他のガルディアンたちが横になれるよう、部屋の隅にはいくつかのソファーや長椅子が置かれ、簡易の休憩・宿泊スペースとしても使えるようになっている。
オベールはここで作業をし、そのまま夜を過ごすこともあるのだろう。もしかすると、彼は、実質この管理室に住んでいるのかもしれない――もちろん、自室は寮棟に与えられているはずだが……?
そして、視界の端に映ったものに、俺は思わず息を呑んだ。
椅子に腰を下ろすオベールの片脚――ガーゴイルとの戦いで失った義足の代わりに――そこには木切れが荒々しく括りつけられていたのだ。美貌の人であるはずなのに、その姿は妙にワイルドで、力強い実用性を感じさせる。
……そんなに、ボンシャンが作る義足が嫌なのか。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
リアクション、励みになっています。感謝♥




