◆ 学院編 ディルムッドの騎士 -1-
「だが、左手は肘から先を失った。……それ以上に重いのは、禁忌で呼び出した妹の魂のことだ。呼び出された魂は、呪いに縛られ冥界に戻ることすらできず……ガーゴイルに閉じ込められたまま消えた。あいつは、そのことを誰よりも悔いている。左手を失った痛みよりも、今、その絶望に沈んでいる……。処分についてはまだ決まっていない。放校になるのか、それとも別の裁きが下るのか――分からない。ただ一つ言えるのは、エドマンド自身が、誰よりも重い罰を背負っているということだ」レオは一瞬、言葉を切り、続けた。「ただ、すぐにあいつの身にも降りかかった呪いの処置ができたのは幸いだった。でなければ、エドマンドは高い確率で命を落としていただろう」
俺は言葉を詰まらせる。
――しかし、彼は生き残った。それだけは、本当に良かった。
レオが短く息を吐き、デュボアの部屋へと入っていくのを見届けてから、俺たち四人はオベールの管理室へと向かった。
廊下の先で、先ほどリシャールとナタンを連れてきた壮年の騎士とはまた別の若い騎士が待ち構えていたのには、少なからず驚かされた。特に、その風貌――背は俺より頭ひとつ以上高い。金色の兜をかぶり鋼色の胸甲に身を包み、左目には黒地の眼帯が掛けられている。その眼帯の中央には金糸でフィニックスが精緻に刺繍され、薄暗い廊下の光を受けて妖しく輝いた。整った輪郭に似合わぬ装いは、逆に目を引く。
俺は眉根を寄せる。
そのフィニックスを見たとたん、セレスタンの記憶がざわめいたのだ。
『ヴァロワ家』の家紋……。
代々、近衛騎士を輩出してきた名門であり、その忠誠と冷徹な規律で知られる一族。
コルベール公爵家が文官の頂点として国の運営を担う一方、ヴァロワ家は武官の頂点に立つ。
ガーゴイルが動いたとの報告を聞きつけ、カナードと共に王宮から騎士の一団が派遣されたとしても、ヴァロワ家の多くの騎士は本来、王直属。専門外の業務だ。
まあ、リシャール殿下が討伐に参加した以上、最精鋭のエリート騎士が急きょ護衛として同行することは不自然ではない。
この点については納得できる。
俺がひっかかる理由はもう一つ。公爵家の嫡男としてしばしば城に出入りしていたセレスタンが、これほど絢爛たる存在感を放つ男の姿を見たことがなかったのだ。
一度見たら忘れられないだろう、横目で視線を投げて来られるだけでも重圧が肌を刺し、視線が交わると呼吸の奥までかき乱される――本能が危険を察知して告げてくる。まるで猛禽類に睨まれたかのように、あるいは肉食獣の前に立たされたかのような、身をすくめたくなる感覚。 色気、と呼ぶには強すぎる、むしろ危険。
俺は小さく息を詰め、思わず目を逸らした。
――王宮の奥に控えている近衛なのか?
また、原作本編には、ヴァロワ家の人間など一人として登場していなかった。存在しないはずの駒が、再び盤上に置かれた感が凄まじい――オベールの時と同様の違和感が込み上げて来る。
なんだ、こいつは。
「……ルクレール・シャルル・ヴァロワ」
リシャールが一歩前に出て、眼帯の騎士へと歩み寄る。
やはり、ヴァロワ家の者か。
「お前も来ていたのか」
リシャールはそのまま肩を並べるように歩き出し、わずかに目を細めて声を掛けた。驚きを隠してはいたが、その口調には探るような色が混じっていた。
「未確認の敵の討伐に殿下が参戦と聞いたので、見物に」
ルクレールと呼ばれた騎士は淡々と答え、軽く唇の端を上げた。
その声には軽い挑発が混じっており、気取った礼など一切ない。ただ歩きながら、歩調だけは自然に合わせている。
「着いたらもう終わっていたので、残念でしたが……。でも、一足先に飛ばした伝書使から、殿下の雄姿は報告を受けていましたよ」ふと、肩越しに俺を見やり、騎士はほんの少し笑みを混ぜて続けた。「いいところ、見せられて良かったですね」
ルクレールの物言いに、リシャールはわずかに眉根を寄せたが、口元には冷静さを保とうとする色が見えた。
「今回、派遣されて来たのは王都守備騎士団……、お前の所属とは異なる。どうせ、勝手に紛れ込んで来たんだろう。職務放棄か? あとで団長に報告するぞ」
リシャールのうしろに続く俺たちは、無言で歩を運ぶ。廊下の空気は張りつめたまま一行は管理室へと進み出した。
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ガーゴイル編、終了。次の章に入ります。お付き合いのほど、何卒、宜しくお願い致しますです。