◆ 学院編 入寮発表(後編)
「アペリオ、コフル!! オゥヴァ・ヴォランティス!」
ゾンブル閣下の声が高らかに天井を打ったと同時に、箱の表面に刻まれた文様が光り出し、重厚そうな蓋がひとりでに、そして静かに、しかし確かな気配をもって開き始める。まるで意志を持っているかのように。そして次に、ぼんやりとした光を纏った何通もの小さな封筒が中から一斉に飛び出して生徒全員の目の前に落ちて行く。
圧巻の光景。このシーン、滅茶苦茶好きだったんだよ。体験出来るだなんて、感動もひとしおだ!
しばらくの静寂のあと、あちらこちらから紙がテーブルに落ちる小さな音と共に、感嘆の息が漏れ聞こえてきた。
俺の前にも一通、月光を思わせる柔らかな手すき紙に、深紅の封蝋が凛として咲く一輪の薔薇のようにあしらわれた封筒が着地する。そこには、王家の紋章とゼコールリッツ学院のシンボル、二つの印が並んでいた。
指先で慎重に封を解く。すると、中から一枚の薄紙が静かに滑り出し、その紙面には名前と共に、これからの日々を過ごすことになる寮の名が凛とした筆致で刻まれていた。
| セレスタン・ギレヌ・コルベール
| 所属寮:第一寮・サヴォワール寮(310号室)
| 寮監:ヴィクター・デュボア
ナタンが身を乗り出して自分の封筒を開封する様子を横目で見つつ、俺は、改めて記された文字に視線を落とした。
「サヴォワール……」
原作本編のセレスタン・ギレヌ・コルベールが所属していたのは、第三寮の『ソルスティス寮』だ。
そして、アルチュール・ド・シルエットとリシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下が所属していたのが第一寮の『サヴォワール寮』――。
ここでまた原作とは異なる展開が現れてしまった。
そう思いながらふと顔を上げると……、
「セレスもサヴォワール寮なのか!?」
嬉しそうに声を上げたアルチュールが、ナタンの背後から俺の視界に飛び込んで来た。「セレスも」ということは、彼自身がすでにサヴォワール寮だということは間違いない。
「俺は、309号室だ。セレスは?」
おいおい、推しの隣かよ。
「310号室だ」
「よしっ!」
何故かガッツポーズを取るアルチュールの横で、リシャール殿下が封筒の中に入っていた紙をこちらに向け、ひらひらと揺らしながら満面の笑みを浮かべている。
「私もサヴォワール、311号室だ」
なんてこった。推しカプに挟まれてしまった……。
ちなみに今の座席の配置は、俺の右隣にナタン、さらにその隣にアルチュール、そしてリシャール。何故か食堂に戻った直後、俺以外の三人がジャンケンで決めていた。意味が分からない。
「はいはい、リシャールもサヴォワールですか」
思わず肩をすくめて呟くと、殿下は「当然だ」と言わんばかりに胸を張って見せた。その仕草がいちいち様になっている。
流石『金の君』。マジで眩しい。
ナタンも封を開け終えたらしく、「やった!」と小さく声を上げた。
「私もサヴォワールです! 320号室」
微妙に遠いな。
しかし、これで『アル×リシャ』を近接距離でこっそりと一人、隠れて見守りつつ萌えを補給するという俺の推し活環境は崩壊したと言っても過言ではない。自分の存在を一切主張することなく、ただ影になり、ある時は路傍の草となり、静かに音を立てず傍で見つめる。耳を澄まし、目を凝らし、二人が紡ぐ何気ない瞬間に心を満たす――。
それが、こんな「俺たち仲良し四人組~」みたいになってしまったら、叶わねぇじゃねぇか!
ああ、このままだと腐脳が渇いて干からびそうだ。
この寮分け、魔力特性の相性か、学院側の戦略的配慮か何かだろうな。想定外すぎるセレスタンのチート能力に関しては、この際、無視しても、基本的な魔力量の多いこの四人で『風火水土』全部揃ってるし……。
食堂内では、生徒たちの喜びや戸惑いが錯綜していた。封筒を開けて友人同士で握手する者、相性の悪い誰かと一緒になってしまったのか予想外の結果にぼう然とする者――。
そんな中、壇上のゾンブル閣下が再び声を張る。
「では諸君、君たちの荷物は既に寮監の指示のもと、二年生が部屋に運び込んでくれている。自分が入居する寮と部屋番号を確認の上、自室で夕食の知らせがあるまで待機のこと。では、解散!」