◆ 学院編 ガーゴイル -19-
唇が笑みの形をしているのに目は全く笑っていなかった。その違和感が、余計にぞっとさせる。
カナードは、冷ややかな美貌を持つ男――『ドメーヌ・ル・ワンジェ王国の薔薇 金の君と黒の騎士』を読んでいた時、俺の中では、同じく人を寄せつけぬ輝きを纏うセレスタンと同じ円に分類されていた。
撫でつけられた薄茶色の髪は、あえて魅力を抑えるかのような偽りの装い。微かに色の入った伊達眼鏡は、限りなく銀に近い藍白色の瞳を少しでも隠すためのもの。人を惹きつけずにはいられない、その稀な色彩を誤魔化すように薄い硝子を瞳にまとわせている。
学院時代、その聡明さと美貌ゆえに、彼は近寄りがたい美少年として知られ、影で『月下美人』と呼ばれていた。今もなお、眼鏡を外し髪を下ろせば、誰もが息を呑むほどの美しさを隠し持っている。
転生前の世界で、俺はよく彼を題材にした二次創作をコミケで見かけた。
夜更けに課題を提出に来たレスポワール寮の生徒が、拡張ポストにレポートを入れようとしたところ、偶然内側から扉が開き、シャワー上がりで髪を下ろし、眼鏡を外したカナードと鉢合わせしてしまう。そこで心臓を射抜かれ、夢中になる年下生徒攻めと年上インテリ教師受けの物語――あれはなかなか良かった。
もっとも、この世界の彼は、今のところフィクションの甘い幻想など寄せつけぬ、ひたすら真面目でストイックな人物――といったところか。
その冷たく整った姿と視線のひとつひとつが今、無言の威圧となってこちらに迫ってくるのだからたまったものではない。
背筋に冷たいものが走る。怖い。
そうだよな。俺とアルチュールがしたことは、誰がどう見ても無茶だ。
結果が良ければ全てが良し――そんな甘い話ではない。たとえ成功したとしても、そこに至るまでの危うさや軽率さは、責められるべき。
弁解の余地はなく、叱責は免れまい。
周囲には、地下から出てきた生徒たちが群れ、遠巻きに俺たちを窺っていた。ひそひそと囁き交わす声が揺れる。
昔からほぼ全員と顔見知りではあるが――もちろん、それはセレスタンの過去の交友関係であって、俺が築いたものではない――、中でもそこそこ親交のある生徒の顔が確認でき、最近、水属性の授業で頻繁に話すようになった者たちと一緒になって「セレス!」や「銀の君!」と声をかけ手を振って来た。ほんと、やめて欲しい。
俺じゃない。アルチュール・ド・シルエットを絶賛しろ。
目の前では、数名の騎士が瓦礫を踏み分け、再び石に戻ったガーゴイルの残骸を調べている。
戦闘の爪痕を刻んだまま砕けた外殻は、ところどころ肉体の痕跡を帯びたまま固まり、異様な断面を見せていた。散乱した欠片を袋に詰め、騎士たちが砕片の軌跡を慎重に追う。
旧礼拝堂にも人が続々と入っていく。交代に中から出てくる者の表情は硬い。何が起きたのかを理解したのだろう。
そのとき、デュボアとカナードが同時に振り返り、集まってきた生徒たちの方へ視線を向けた。
「おいお前達、一旦、寮室に戻れ。一年は現在、主の居ない伝書使を含め、ちゃんと保護しろ」
「全員、部屋に戻っていなさい。あとで連絡します。気分が悪い者がいれば、誰かが付き添って医務室へ行くように。尚、エドマンド・アショーカが運び込まれています。医務室、救護室近辺ではくれぐれも静かに行動を!」
二人が声を張り上げると、生徒たちはびくりと肩を震わせ、蜘蛛の子を散らすように群れを解いた。
騒ぎが収まると、デュボアは重く息を吐き、胸元から奇石を取り出した。
「フェルマ・ヴォカ」
直ぐにノクスからの返答があった。
《なんだ、ヴィクター》
「二、三年の伝書使たちは、ゾンブル閣下の指揮下に入り、時計塔の小屋で待機と伝えてくれ。まだ通達は来てないが、今からこの上空は、騎士が連れてきた何羽か知らないが、彼らの伝書使の領域となり、鑑識が行われるだろう」
《了解》
「セレ」
通信を終えると、デュボアはゆっくりとこちらに向き直り、表情を整えた。
「さて――お前達に話がある」
お越し下さりありがとうございます!
リアクション、ブクマ、感謝です♥
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
なんだろう。今日は特に眠い。気圧かな……。




