◆ 学院編 ガーゴイル -16-
「ガーロンッ!」
デュボアが叫び、駆け寄ろうとする。しかし、オベールの動きがそれを一瞬で追い越していた。土を蹴った義足は信じがたい推進力で彼の身体を前へと押し出す。
多分、身体強化の魔法『フォルティス』をデュボアも重ねているはずなのに、それさえ追いつけぬほどの速さだった。
黒狼ガーロンを背後に庇い、盾を前面に構えつつ魔法障壁を展開する。火球はそれに激しくぶつかり合い、炎の奔流が表面で砕け散る。
だが、その一部が、オベールの左足首に直撃した。
轟音と共に片方の足が粉々に砕け、破片が戦場に飛び散る。熱風が彼の周囲を薙ぎ払い、火の匂いが鼻を突いた。しかし、オベールの表情に痛みの色はなかった。片膝を付きつつ剣を握りしめ、ガーロンを確実に庇い続ける。
やがて炎が収まり、怪物の巨体は痙攣を残して沈み、今度こそ完全に動かなくなった――。
༺ ༒ ༻
「オベール!」
デュボアの声が地響きの名残りに重なる。デュラン副警備官とモロー隊長も駆け付け、オベールから盾を受け取ったあと、両脇から支え、立たせた。
俺とアルチュールも剣を鞘に納めて走り寄る。その途中、視界の隅で、小型のガーゴイルたちが次々と粉々に砕け、塵となって消えていくのが見えた。
胸元の奇石からは、ほっとしたのだろう、弾んだネージュの声が届く。
《セレスぅぅ!》
「大丈夫だ。俺もアルチュールも無事だ」
ネージュの背後から、歓喜のざわめきが聞こえて来る。
《リシャール殿下も、ナタンも無事だぞ。それと、レオもな》ほっと胸を撫でおろしかけた俺に、ネージュはさらに続けた。《レオは大型のガーゴイルが動きを止めたあと、弓をナタンに預けて、すぐにどこかへ走って行ったようだ》
恐らく、いや、確実に医務室――エドマンド・アショーカのところだろう。
そのときになって初めて、自分の手が小さく震えているのに気づいた。剣を収めるまで張り詰めていた緊張が解け、遅れて初陣の恐怖と重圧が押し寄せてくる。安堵と疲労が入り混じり、胸の奥がじんわりと熱を帯びていた。
時を経ずして、上空から風蛇ザイロンを駆るカナードが現れ、続いて額先に小さな角を備えた駿馬ヴァルカリオンに跨った騎士団がなだれ込むように学院へと入ってきた。
ヴァルカリオンは砂漠原産の馬で、灼熱の荒野を一日駆け抜けても疲れを見せない脚力と体力を持つ。その俊敏さと耐久力を認められ、近衛師団含めた全騎士団はすべてこの馬を騎獣として統一している。異国の血を引く黒や栗毛の群れが一斉に蹄を鳴らすさまは、凄まじい迫力だった。
圧巻だ。
と、思っていたその瞬間、ふいに、黒い影が足元を横切った。
思わず顔を上げると、頭上を、伝書使たちが旋回しているのが目に入ってくる。寮棟方面へ一旦避難していた彼らが、今は情報を得るために戻って来ているのだろう。地下に避難している主たちへ吉報を告げるもの、現状を探るもの、その羽ばたきは騎士団の進入に呼応するかのようだった。
その中に、ひときわ鋭い光を返す影がある。レトロフューチャーめいた片眼鏡が陽光を受け、瞬いたのだ。それだけで、カナードの伝書使カリュストだと分かった。鋭い鳴き声をひとつ残し、隊列の上空を掠めて飛び去っていく。
鎧のきらめきと翻る軍旗の影が校庭を覆い、ようやくすべてが終わったのだという実感がじわりと染み渡る。
やがてカナードが下乗するとザイロンは瞬く間に姿を変え、巧みにアスコットタイに擬態し、装いの一部として溶け込んだ。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
やっと倒せました。(ホッ)




