◆ 学院編 ガーゴイル -12-
「アンルッセを、その剣にかけたのか? 普通なら、せいぜい裏返った服を直したり、上下逆に棚に置かれた本を戻したりする程度。難易度が高くない分、日常で使われる魔術だ。だが、今のは違う……」レオは眉をひそめ、言葉を継ぐ。「高度で複雑きわまる魔法技術が刻み込まれた剣に干渉して逆転させ、しかも成功させるなんて……。常識では考えられない。セレス、お前、何をどこまで隠している?」
俺は、「レオ」と彼の名を短く呼びかけ、眉を寄せた。
「あとで言います。絶対に」
レオはわずかに唇を引き結び、逡巡ののち頷いた。
「分かった」
それから、アルチュールの剣に施したのと同じ手順で、自分の剣にも反転魔法をかけた。
その間、レオは周囲を鋭く見渡し、戦況を一瞬で把握する。
「……剣は二本しかないな」低く呟き、俺とアルチュールの武器を目で確認する。「魔法障壁はデュボアとオベールで十分に維持できる。なら……」
言葉を切り、わずかに思案する気配を見せたのも束の間、すぐに決断したように手首の奇石へ声を飛ばす。
「キリアン!」
《おーよっ!》
「リシャール殿下を捜してくれ。オベール警備官の倉庫へ行っているはずだが、そこから何処へ向かったかは不明。俺は、そっちに合流する」
《了解!》
「……さて、セレス。今、言ったが、俺は殿下の支援に回る。王太子に何かあれば事態は取り返しがつかなくなる。お前はここを頼む」
「今、丸腰でここから出るのは危険じゃ……」
俺は眉をひそめ、視線を周囲に走らせた。
「心配するな。反対側の窓から出て本校舎に渡る。遮蔽物も多いし、魔法障壁を張りながら行けば、そう易々とはやられない」
「でも」
「セレス、お前もケガするんじゃないぞ。……まあ、そこのアルチュールがいるしな。お前専用のチュテレールだろう?」
「違います。友人です」
即座に否定すると、レオは苦笑して肩をすくめた。
「はは、そういうことにしておいてやろう。……でも、本当に気を付けろよ」
言うや否や、不意にレオが俺の腕を引き寄せ、短く抱きしめた。そのままの体制で耳もとで低く囁く。
「無茶だけはするな。あと、言いたくなければ、さっきの話は言わなくていい」
至近距離で響いたその声に、心臓がひとつ跳ねる。
視線の端で、アルチュールが目を見開いたのが見えた。
レオはすぐに俺を放し、何事もなかったかのように窓辺へと駆けていく。
その背を見送ってから俺は深呼吸し、扉まで歩を進め把手に手をかける。
……そのとき――、
背後から不意に腕が回り込み、俺の身体を抱きとめた。
「……アルチュール?」
振り返るより早く、彼は一拍の迷いもなく俺を抱きしめ、そしてすぐに手を離した。自分でも何をしたのか分からないというように目を泳がせている。
そして、俺が問いかける間もなく、彼は突然、旧礼拝堂の扉を押し開き、勢いのまま外へ駆け出してしまった。
――おいおい、ちょっと待てよ! こんな時に混乱させやがって!
頭の中で毒づきつつ、今もオープンになっている奇石通信に映像が送れなくて本当に良かったと安堵する。もしもネージュに見られていたら……、いや、想像するだけで背筋が冷えた。
胸に残るもやもやを振り払うように、俺は勢いよく頭を振る。今は戦いに集中するしかない。
気持ちを切り替え、アルチュールの後を追って飛び出すと、視界の端で戦況が一瞬にして目に飛び込んできた。
旧礼拝堂の窓からは分からなかったが、すでに小型ガーゴイルが三体、無造作に横たわっている。そのそばで、別のガルディアンがまだ動く一体にとどめを刺していた。剣先の一撃が確実に決まり、敵の動きは徐々に鈍くなる。
「アルチュール!」
声をかけると彼も頷き、俺とアルチュール、二人の視線がぴたりと合う。
互いの動きを読み合い、翼を広げて急降下してきたガーゴイルの一体へ同時に斬りかかる。アルチュールの剣が怪物の右側を裂き、俺の刃は左側から抉る。まるで呼吸を合わせた舞踏のように、二本の剣が怪物の柔肉を正確に捕らえていく。
思わず息を呑んだ。
アルチュールの鋭い刃さばきがあまりにも淀みなく、ただ見惚れるしかない。
辺境の地で子供のころから魔物退治を繰り返してきた経験が、剣筋に宿っている。敵の動きを読み切る確かさは、単なる訓練だけでは身につかないものだ。
その迷いのない斬撃が、俺の攻撃を自然と引き立てていた。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
リアクション、ありがとうございます。




