◆ 学院編 ガーゴイル -11-
空を仰げば、十匹以上の小型ガーゴイルが群れを成し、漆黒の影となって旋回していた。
幸いにも新たな分裂の兆しは見られず、数は増えていない。しかし、安堵する間もなく、彼らは黒雨のごとく次々と舞い降り、ガルディアンの防衛陣を襲撃した。魔法障壁に叩きつけられるたび、衝撃は波紋のように広がり、地面を震わす。
小型ガーゴイルに押し倒され、甲冑ごと噛み砕かれんばかりの危機に晒されていたガルディアンは、すでにオベールの手によって救い出されていた。彼は負傷者を、直前にガーゴイルへ食らいついていた黒狼ガーロンの背へと託し、安全な後方へと退避させる。
その刹那、首から黒い血を噴きながらも飛び立とうと羽を広げたガーゴイルに、オベールの剣が閃いた。握る右腕は常軌を逸した角度にしなり、まるで弓弦を放つような反動で振り抜かれる。
袖口からのぞいた手の甲は滑らかで硬質な光を帯びていた。鋭い一閃が袈裟懸けに走り、声なき断末魔とともに怪物の体を地へと沈めた。
リュドヴィック・シルヴァン・オベール。
その神秘めいた美貌を裏切るかのように、彼の剣筋は鋭い。土から生成された腕は異様なまでのしなりを見せ、動きは冷徹かつ正確。まるで美と殺戮が同一の器に収められているかのようだった。
思わず、見とれていた。
けれど、胸の奥に小さな違和感が引っかかる。
俺は横に立つアルチュールの耳元へ顔を寄せた。
「小型の奴ら、牙や爪で突っ込むばかりだ。火球を吐く気配がない」
「俺もそう思っていた」
アルチュールが短く応じる。その眼差しは鋭く、次の一手を探っていた。
その時、再びキアランの声がレオの奇石から響く。
《追加報告。カナードの伝書使カリュストからの伝達だ。カナード本人と近衛騎士たちがこちらに向かっている。到着は間もなくのはず》
間もなく――だが、それが、大きな被害が出る前に間に合うのかどうか。
「火球を吐かない小型のほうなら、何とか俺たちでも戦えるだろう」俺はアルチュールに言った。「加勢に行こう」
「だがセレス、この剣では……」
アルチュールの眉がわずかに寄る。
「さっき、考えがあるって言っただろ? この剣に少しの可能性でもあるのなら――かけてみたい。貸してくれないか?」
手を指し出しながら言った俺の言葉に、アルチュールは頷くと、すっと剣を抜いて渡してきた。その動きには一切の迷いがなく、信頼が込められていることが伝わる。
人体に触れると刃の部分が霧散する訓練用のエクラ・ダシエの剣。
オベール警備官の技術によるもの。こんな見事な剣を作ることは、俺には到底できない。だが、反転させる呪文なら俺も知っている。
持っている能力を安定、増幅、躍進させるリュミエールの力。それを用いて魔法を使えば、魔力効果を増幅し本来の機能を逆にできるかもしれない。
俺は息を整え、剣を水平に構えた。サリトゥを感じながらベネンに意識を集中。
「――アンルッセ」
呪文を唱え、魔力を一気に刃へと流し込む。
切れない剣を切れる剣へ――真逆に変換。
エクラ・ダシエの剣が青みがかった白銀の光を帯び、ひとしきりの閃光の後、金属が鋭さを取り戻し研ぎ澄まされた刃が現れた。手にした感触は、ずっしりと重い。
「……その光は――」
背後から低く息を呑むような声がした。振り返れば、レオが目を見開いて俺を凝視している。
レオの眼差しはただ驚いているだけではない。探るように、見極めるように。
水属性の術式だけでは説明できない色――俺が持つ、もう一つの属性。
目の前の現象に困惑し、答えを探そうとするのも当然だ。
一方、事情を知るアルチュールは少しだけ眉を上げたものの、それ以上の反応は見せない。視線には称賛の色が宿り、同時にわずかな安堵が滲んでいた。




