◆ 学院編 ガーゴイル -10-
すでに、先ほど悲鳴を上げたガルディアンの一人に、その中の一体が襲い掛かっていた。
鋭い爪が肩口に食い込み、兵士は必死に剣を振るうも、びくともしない。甲冑の隙間を狙う牙が閃き、血の匂いが辺りに散った。
その光景を見たオベールは、すぐさま動いた。
障壁を張りながら腕に抱えていたエドマンドを、最も近くにいたガルディアンの隊員へと託す。
「頼む!」
短く叫ぶや否や、身を翻して駆け出し、怪物に組み伏せられた仲間のもとへ飛び込んだ。
同時に、デュボアもベネンに魔力を集めて左手首のブレスレットに意識を集中させ、低く命じる。
「来い、ガーロン!」
カチリと小さな音を立てて、ブレスレットが外れた。次の瞬間、煙と化したブレスレットの影が蠢き、うねりながら形を変えていく。やがて漆黒の巨大な狼が姿を現した。黒狼ガーロン――肩高は一メートルを超え、体長は優にニメートル近くある。鋭い牙を剥き、咆哮を上げると、一直線にガルディアンを襲う怪物に向かって走り出す。牙が肉を裂き、ガーゴイルの悲鳴が轟く。
だが、そのとき、デュボアを包んでいた魔道障壁がふっと揺らぐのが見えた。
俺は息を呑む。
使い魔を呼び出すには、それだけの魔力を割かねばならない。攻撃と防御、どちらの威力も削らずに同時に成り立たせられる魔術師はごく僅か――脳裏に第三寮『ソルスティス』の寮監、ルシアン・ボンシャンの顔が浮かぶ。
それでもデュボアは迷わなかった。削がれた障壁など意に介さず、ただガーロンの背を見送り、敵を屠ることだけに集中し、剣を振るっている。
「……なんなんだ、これは!?」
レオが叫ぶ。
刹那、通信をオープンのままにしていた奇石からネージュの声が聞こえた。
《セレス、聞こえるか? 俺は、地下通路に避難済み。外の様子は他の生徒の伝書使たちから続々と届いている。大丈夫か、セレス!? 怖くないか?》
「ああ、大丈夫だよ、ネージュパパ」
こいつ、もしも門限なんてものがあったとして、それに遅れたら間違いなく玄関の外で街灯に照らされながら腕を組み、右往左往しつつ俺を待つタイプだな……。
ほぼ同時に、レオの手首の奇石からもキリアンの声が響く。
《レオ! 上空からお前の位置を目視。確認。その窓辺から見えていると思うが、新しいガーゴイルが出現した! 今、同行しているデュボアんとこのノクスから退避命令が出たので、俺たちは一旦、寮棟上空まで引くぞ。お前の命令があれば、このまま留まるが……》
レオは一拍の沈黙のあと、短く言い切った。
「いや、退避してくれ。ただ……退きながらでいい、何があったのか教えてくれないか?」
奇石の向こうでキリアンが息を整える気配がした。
《了解。最初は、デュボアの剣であのデカいガーゴイルを制圧しかけていたんだ。あれなら十分に勝てると思った。だが……》声がわずかに強張る。《トドメに何人かで魔力攻撃を叩き込んだ途端、奴の背中の一部が盛り上がって、裂けて、中から小型のガーゴイルが次々と……まるで分裂するみたいに溢れ出した》
先ほど目にした禍々しい光景が脳裏に蘇る。
俺とアルチュールは思わず視線を交わした。
レオが鋭く顔を上げた。
「……剣は効くが、魔力攻撃は逆効果、ということか」
レオの呟きに、ネージュの声が重なる。
《補足だ、セレス。リシャールとナタンは俺たちを置いて直ぐにここから出て行った。二人が話していたのを横から聞いていたが、向かった先はオベール警備官が管轄する倉庫だ》
「オベール警備官の倉庫……?」
思わず口の中で繰り返した。
ついこのあいだ、エクラ・ダシエの剣を受け取りに行った際、俺たちはその倉庫の中に入ったが、あそこには、警備官が自ら創作した武器が他にもあると踏んだのだろう。
ネージュたちをお願いしますと頼んだ時、あっさりと引き下がったと思ったら、なるほどな。「勝てる手はすべて使って然るべきだろう?」そんなことを口にするリシャールが、ただ避難に徹するはずがない。
あの王太子、武器を強奪――いや、勝手に持ち出す気だ。