◆ 学院編 ガーゴイル -8-
「やめろ……! やめてくれ!」
押さえつけられたエドマンドが必死に暴れる。声は涙に震え、腕を振り払おうともがくが、オベールの右手の拘束は鉄よりも強固だった。
「殺すな、あれは……!」
叫びは爆音にかき消され、抵抗は長くは続かない。恐慌と疲労で力が抜け、やがて彼の身体はぐったりと力を失い、嗚咽を漏らすばかりになった。
その間、デュボアは瞬時に間合いを詰め、ガーゴイルの片翼めがけて剣を振るっていた。
――鋼と魔力が一体化した一閃。刃が触れた瞬間、甲冑のように硬い翼が断裂音を上げ、ひび割れた鉄板のように裂ける。ガーゴイルはバランスを崩し、制御の効かない飛行で暴れたが、デュボアの冷徹な一撃がその動きを制限する。
爆風や衝撃に揉まれる中でもデュボアの動きは揺らがない。鋭い剣筋は確実に翼を切り裂き、怪物の飛行能力を奪うことで、この局面をより安定させた。
これほどの剣さばき。人の身で、ここまで圧倒できるものなのか……。
戦闘は制御下にあった。そう思わせるほど、学院の守備戦力は盤石に見えた。俺とアルチュールが割り込む余地などない。
彼ら――ガルディアンも、校舎敷地内の神殿含め学院全体の安全を守る存在。圧倒的な戦闘力と統制力を誇り、外敵を寄せつけぬ堅牢さを備えている。そして、一たび侵入者が現れれば、どんな相手であろうと迷いなく立ち向かう。
だが、俺の胸の奥には別の引っかかりがあった。
エドマンドが旧礼拝堂から出てきたのを、レオの伝書使キアランが見ている。ならば、中で何があったのか?
「……行こう」俺はアルチュールに声を落として言った。「遠回りして旧礼拝堂に入る。あそこに手がかりになるものがあるはずだ」
二人で視線を交わし、木立の陰を伝って回り込む。
古びた礼拝堂は、本校舎の影に寄り添うように沈黙していた。人の気配はなく、使われなくなった扉には埃がたまり、錆びた取っ手が陽光を反射して鈍く光っている。互いに短く息を整え、アルチュールが手を掛けた。
軋む音とともに、重々しい扉がゆっくりと開く。
やがてそこで目にしたものは、床に描かれた巨大な魔法陣――乾いた血の色が縁を染め、中心には割れた女神像の欠片が散らばっている。
「これは……」
思わず言葉を失う。
そのとき、背後から低く響く声がした。
「使い魔の契約魔法……。二年生が最近習ったばかりの術式だな」
振り向くとそこにはレオが居た。彼は魔法陣を一瞥し、歩を進めながら眉を寄せて言った。
俺たちのあとを追ってきたのだろう。
「だが、これは……その範疇を逸脱している。魔獣や生物ではなく――造形物に命を宿そうとする余分な線の重なり……」彼の視線が、陣の中央に残されていた小さなロケットペンダントに留まる。「……そして、これは……中身は空だな。ここに、エドマンドの妹の……遺骨の一部が入っていた」
アルチュールは目を見開き、俺は脳裏に赤紫に変色したエドマンドの左手を思い浮かべる。あの腕の色……、もしや、禁忌に触れ呪われた証。
少なくとも、俺が知る『ドメーヌ・ル・ワンジェ王国の薔薇 金の君と黒の騎士』の物語には、そんな術を犯した者は登場しなかった。
だが、このセレンタンの本体に宿る記憶は違う。禁忌の存在も、その末路も、知識として深く刻まれている。
重苦しい沈黙を破ったのは、アルチュールだった。
「……前から思っていたのですが。レオ、あなた、二年生でエドマンドと唯一、親しかったですよね」
「ああ。中庭でよく薬草を摘んで、一緒に研究していた。あいつは妹を病で亡くしたことで、薬草学と治癒魔法にのめり込んでいたんだ。俺も……少しは力になれるかと思って。もともと留学生だったあいつには、学院に知り合いもいなかったしな」
薬草に関してなら、レオは間違いなく学年で……、いや、学内で一番だろう。背後には専門家であるデュボアの指導があり、その知識の深さは学生の域を遥かに超えている。
ネージュに消化に良い木の実をわざわざ摘んできてくれたり、俺自身にはリラックス効果のある薬草を詰めた小さなサシェをくれたりもした。軽薄そうな笑顔に似合わぬ繊細で温かな気遣いを持つ努力家――それが俺のグラン・フレールだ。
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