◆ 学院編 ガーゴイル -7-
回廊を抜けると、陽射しに揺れる空気の中、風が鋭く頬を叩いた。レオは木の影に身を潜め、視線の先を凝らしている。足を止める俺とアルチュール。
旧礼拝堂側に面した本校舎の頂に身を乗り出すように佇むガーゴイルは、翼をわずかに広げ、石像とは思えぬ猛禽のごとき迫力を纏い生々しい姿で今にも飛びかかろうとする気配を漂わせていた。
下ではガルディアンたちが半円状に布陣し、怪物を逃さぬように取り囲んでいる。
その中央近くに、呆然と立ち尽くすエドマンドの姿が――。
オベール警備官たちの声が届いているはずなのに、振り返ろうとしない。半狂乱のまま、名前らしきものを叫び続け、その声は裏返り途切れ途切れに宙へと散っていく。
握りしめた左手は不自然に赤紫へと変色していた。一瞬、血に濡れているのかと思ったが、違う。まるで体の内側から滲み出すように、皮膚そのものが変化している。
隣でアルチュールが短く呟き、低い声で呪文を紡いだ。
「ヴォワレゾ」
風のざわめきが耳をくすぐり、乱れたエドマンドの叫びが言葉の輪郭を伴って俺たちの耳に届く。
この魔法は簡単ではあるが、使い手の潜在的魔力量によって精度が変わる。魔力の豊富な者ほど声の細部まで正確に取り出せるが、少ない者には断片的な響きしか捕らえられない。使い手の魔力次第で“情報量”が天と地ほど違うのだ。
近衛師団に入団を希望する者は、まずこの検査でふるいにかけられる。どれだけの音を正確に捕らえられるかが、そのまま選別の基準になるのだ。精度が低ければ、初期段階で足切りされる。
アルチュールが小さく息をつき、俺の耳元で囁いた。
「イシャニ……、エドマンドが呼んでいるのは、彼の妹の名前だ」アルチュールは重ねて言う。「去年、亡くなっている」
思わず息を呑んだ。
どういうことだ……?
そのとき、避難誘導を終えたヴィクター・デュボアが神殿の方角から駆けてきた。司祭たちの退避を見届けてきたのだろう。交差する二本の剣を背にしたその姿は陽射しを受けて輝き、戦場から舞い戻った騎士のように精悍だ。
普段は、人懐こい笑みを絶やさない温厚な男――そう思っていた。だが、今の彼には一片の柔らかさもない。静かな佇まいの奥底からにじむのは、鋼のように冷ややかな緊張と、圧倒的な存在感。
その登場を合図としたかのように、ガルディアンたちが陣を狭める。
と同時に、ガーゴイルが咆哮を上げ、口から火球を放ちながらエドマンド目掛け飛びかかって来た。
「まずはお前を足止めだ」
低く、力強いデュボアの声が響いた。彼の身体が一瞬のうちにガーゴイルの進路を遮り、剣を抜きながら魔道障壁を展開させ、怪物の進撃を押し返す。
爆音が辺りを裂いた。轟きとともに、地面が微かに震え、空気が振動する。耳鳴りが走るほどの衝撃波だ。
しかし、陣の中央に居たオベール警備官も怯まない。彼の動きは、人のものではなかった。白磁のような右手と両脚が無音で地を蹴り、滑るようにエドマンドへ迫る。舞台で操られる人形のように正確で、異様に速い。盾を前に構えると、表面に魔道障壁が広がり、ガーゴイルの火球をデュボアと共に屈指の精度で弾き返す。
――あの盾もオベール自身の仕組みなのだろう、と俺は思った。単なる魔道具ではなく、魔法と機構が融合した異形の防具。彼の技師としての才が、戦場で光を放つ瞬間。
直後、エドマンド・アショーカの身体はオベールの腕に捕らえられていた。冷徹に見える動きでありながら、抱きとめる仕草は揺るぎなく優しい。
「何をしているんだ、エドマンド!」
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
ふぅ……戦闘シーン、難しいです(汗)




