◆ 学院編 ガーゴイル -6-
扉が閉まる音が重く響いた。
その瞬間、自分の心臓の音が、耳に近いところで跳ねたように感じられた。
そのまま黙ってレオの言葉に従い、何もせずにいればよかったのかもしれない。だが、胸の奥でざわめく思いはあまりに強く、じっとしていることを許してはくれなかった。無意識のうちに体が前へと傾き、思考は次々と可能性をめぐる。立ち止まることも、躊躇することも、もはや許されない瞬間だという感覚が全身を覆っていた。
「……リシャール殿下、ネージュたちをお願いします」
声に出した自分に、内心で驚いた。まるで別人のように低く、落ち着いた響きがそこにあった。震えることもためらうこともなく、ただ静かに意志を伝えた。
「ナタン、殿下を頼む」
二人は一瞬言葉を失ったように見つめ返してきたが、やがてリシャールが口元にわずかな笑みを浮かべた。それは不敵とも誇らしげとも取れる、王族にしか似合わない笑みであり、彼なりの矜持を示すものだった。続いてナタンも強く唇を結んだ。
正直なところ、殿下がやすやすと引き下がるとは思ってはいなかった。むしろ、王族たるもの前線に立って戦わねばならない――そんな言葉を口にするのではないかと予想していたのだ。だが彼は何も言わず、ただ笑みで返した。
もしかしたら、何か考えがあるのだろう。
だが、今はそれを気にして立ち止まっている時間はない。
リシャール殿下は、『受け殿下』のときもそれなりに強かった。ただ守られるだけの存在ではなく、窮地に立たされれば必ず自ら反撃を返す気骨を持っていた。そして現在――攻めオーラを纏う彼の姿は、かつてよりも確実に強く、鋭くなっている。
また、ナタンは、冷静な判断力と機転の早さにおいて、俺たちの中でも抜きん出ている。動揺している場面でも状況を分析し、最適な行動を選び取る。殿下のそばにナタンを置いておけば、軽率な判断に流されることもないはずだ。
俺は隣に立つアルチュールへと視線を向けた。
「行こう。……それと、今、手にしているエクラ・ダシエを持ってきてくれ」
「セレス、これは訓練用の剣で――」
アルチュールがためらいを見せる。
「分かってる。切れはしない。けど……考えがある」
アルチュールはわずかに目を見開いたが、次の瞬間にはすぐ動いた。壁際に置いていた二振り分の鞘を取りに行き、まず自分の剣を滑らせるように納める。続けて俺のも差し出してきた。
俺はそれを受け取り、持っていた剥き出しの刃をゆっくりと鞘に収める。金属が擦れる乾いた音が、張りつめた空気の中でひどく鮮明に響いた。
最後に、二人して腰ひもへ鞘を通し、しっかりと帯刀する。
ただ手に持っていたときよりも、剣はぐっと身体の一部になった気がした。手に持っていたときよりもずっと重みを感じる――それは物理的な重さではなく、責任と覚悟の重さだった。
俺たちは互いに無言の合図を交わし、レオの後を追ってホールの扉へと向かう。
廊下に出た瞬間、地下へ向かう生徒たちのざわめきと足音が渦を巻くように押し寄せる。泣き声、叫び声が交錯し、恐怖と混乱のにおいがその場を満たしていた。
俺とアルチュールは駆け出した。石畳の床に靴音が反響し、どこか遠くで扉が次々と閉ざされる重い音が響いていた。
人の流れに逆らうように、俺たちは肩をすり抜け、前へと進む。
すれ違いざま振り返る視線には訝しさもあったが、構ってなどいられなかった。
アルチュールが小声で「レオは……エドマンドは、どこだ」と呟く。
その額には薄く汗がにじんでいた。
俺も息を整えながら、前方へ目を走らせる。




