◆ 学院編 ガーゴイル -3-
窓ガラスがまだわずかに震え、細かい共鳴音を鳴らしている。
きしむような音が耳の奥を刺し、ホールの空気を見えない波紋が幾度も撫でていく。
「雷鳴……ではないな」
リシャールが低く呟く。外から差し込む光は変わらず、空に曇りもなければ、雨雲の兆しすらない。
「じゃあ今のは……?」ナタンの声は不安を帯び、わずかに掠れていた。だがすぐにかぶりを振り、理性を総動員するかのように少し早口で言葉を重ねる。「外部からではないですね」
ナタンの言う"外部"とは、王都の外からの襲撃や攻撃ではないという意味だろう。
――確かにその通りだ。
この都市は、透明の魔力防壁に守られている。
上空は完全に閉ざされてはいないものの、粗い網目の蛛糸を思わせる半球が覆いかぶさるように広がり外界からの侵入をある程度防いでいて、もしも外からの干渉があれば即座に感知され、都市全体に澄んだ警鐘の音が鳴り渡る仕組みだ。
これは王都に限った話ではなく、ドメーヌ・ル・ワンジェ王国領であれば、辺境の町や小さな村に至るまで、それぞれの規模に応じた半球状の防壁が張り巡らされている。
専門家たちは常に補修や強化、新設を繰り返し、第一人者のジャン・ピエール・カナード――第二寮『レスポワール』の寮監をはじめ、この分野の技術者たちがその管理を担う。
だから外からの衝撃や攻撃が直接ここまで届くことは、絶対とは言い切れないとしても、まずない。
――ならば今の轟音は……内部で、何かが起きている。
アルチュールがホールの扉を押し開けた。突如、外の光が差し込み、視界の先に中庭が広がる。
外出している者や帰省中の者も多く、休日の昼間に学内に残っている学生は平日の三分の一ほど程度。そこには人影はなく、かえって不気味な静けさが満ちていた。陽光は変わらず柔らかく降り注いでいる。まるで先ほどの轟音が幻だったかのように錯覚するほどだ。
彼は目を細め、視線を巡らせてから振り返り、俺たちに告げた。
「ここは……異常なしだ」
安堵の吐息がわずかに漏れる。しかし、その直後――。
ゴゴゴゴ、と再び空気を揺さぶる鈍い音が響いた。
リシャールが表情を硬くし、窓の外を睨む。
同時に、レオが手首の奇石に指をかけ、短く呪文を唱えた。
「フェルマ・ヴォカ 。キアラン、聞こえるか!? 何が起こっているか分かるか!」
応答はすぐだった。レオの伝書使キアランの声が、奇石を通じて響く。
《こちら、さっき時計塔を出たところ。他の伝書使たちと共に学院の上空を回っている……》風を切る羽音のざらついたノイズに混じり、慌ただしい声が続いた。《が……、おいおいおいっ、なんだあれは!? 本校舎に異常を確認! ……ガーゴイルが一体、動いてる!? レオ、そこからじゃ見えないだろうが、旧礼拝堂側に向いた側面、一番デカいヤツだ!》
「ガーゴイルだと!?」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
ガーゴイル――西洋建築に見られる"怪物"の姿を模した雨樋の機能を持つ彫刻。雨水を外へ排出するための機構であると同時に、魔除けの象徴でもある。
それが、今、動いているというのか。
「近付くなよ、キアラン! 上空から見ているだけでいい! 通信はオープンのまま維持しろ!」
《了解》
レオが険しい声で返したとほぼ同時に、俺の奇石が明滅した。
「レシピオ・ヴォカ」
応答すると、ネージュの声が飛び込んできた。
《おい、なんだこの音は! 地震じゃねえな!?》
「……寮の部屋は大丈夫か?」
《ああ、三羽は無事だ。だけど爆音でみんな落ち着かねえ! くそっ……嫌な胸騒ぎがする》
ネージュの苛立つ声を聞きながら、俺は奥歯を噛みしめた。
これは、本編に全く存在しなかった事件だ。
ガーゴイルが動き出すなんて、そんな記述は一度も読んでいない。
――何が起こっているんだ……。
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