◆ 学院編 ガーゴイル -2-
刃がぶつかる感触に、俺は思わず眉をひそめた。先ほどまでのアルチュールとは明らかに違う。
何度か切り結ぶうちに、軌道も間合いも、癖までも、俺の動きにぴったり追従されていることに気づいた。
この戦い方は、速いだけじゃない──俺の一手、体のひねり方まで、ほとんど正確に模倣しいる。
真似された動きは、自分自身と戦っているようで、妙に勘所がつかめない。
「……やりづらそうだな」
口元にうっすら笑みを浮かべたレオが、今度は俺の一瞬の迷いを狙って斜めに斬り込む。
それを受けながら、俺も笑い返した。
「意地が悪いですね、レオ」
「セレスの動きが興味深くて、少し間近で見たくなったんだ」
──いいだろう。なら、模倣しきれないものを見せてやる。
レオの斬撃を受け流しながら、俺は足首を返して踏み込みを浅くずらす。
正面からではなく、ほんの少し斜め後ろへ。これなら、動きの芯を掴ませにくい。
刃が重なった瞬間、レオの眉がかすかに動いた。
わずかな違和感を察している。だが、反応は速い。すぐさま剣を返し、俺の死角へと回り込もうとする。
「……セレスがこんなに強いとは思わなかったよ」
レオが息の合間にそう言いながらも、目はまるで笑っていない。
完全に本気だ。
俺は床板を蹴って間合いを広げ、一拍置かずに低い姿勢で突っ込む。
刃を下げてレオが受け止めた瞬間、その剣を外へと押しやり、逆の手で柄を握り替えながら体をひねった。
腰の回転と共に、刃の腹がレオの肩口すれすれを走る。当たる直前に止めようと思ったが、かわされたのでそのまま振り抜く。
レオは後ろへ飛んで距離を取ったが、その口元が僅かに緩んだ。
「……なるほど、そう来るか」
直後、側面の壁に足をかけ、数歩駆け上る。
床の感触を伝っていたレオの目が一瞬、大きく見開かれた。
空中から斬り下ろす刃が、もう一度、レオの肩口を斜めに狙う。
しかし、レオは剣を構え直す間もなく、一歩後ろへ飛び退き、辛うじて攻撃をかわした。
彼は今、息を切らしつつ、真剣な目で俺を見据えている。
だが、この瞬間のアドバンテージは、確実に俺のものだ。
着地と同時に間合いを詰め、次の一撃に備える。
レオの呼吸は荒く、視線の端にわずかな迷いが見える──彼の模倣は、もう、完璧ではない。
それからは一進一退。
俺は動きを少しずつ変則に寄せていく。
足運びを変え、刃の角度を変え、時には間を外す。
同じ型を二度と繰り返さないことで、相手の模倣リズムを崩す。
気づけば、レオの受けがわずかに遅れ始めた。
ほんの半歩、いや半瞬でも遅れれば、それは致命的な隙になる。
俺はその一瞬を逃さなかった。
床を足裏で叩く音と同時に間合いを詰め、刃先を胸元ぎりぎりで止める。
お互いが肩を上下しつつ、数秒の静寂ののち、彼は小さく笑った。
「参った」
剣を下ろし、レオは軽く息を吐く。額にかかる髪が汗で張りつき、その表情には疲労よりも満足の色が濃い。
「……強いな、セレス。アルチュールが夢中になるのも分かる」
そっと近づいてきたレオが、耳元で低く囁いた。
「それどういう意味ですか」
思わず突っ込むと、相手の口元がわずかに歪む。からかい半分、本音半分――そんな笑みに見えた。
「そのままの意味だよ。俺も本気でやったつもりだが……勝てる気がしなかった」
俺は視線を逸らし、軽く肩をすくめる。
「次、やったら俺が負けそうな気がします」
「謙遜か? それとも……挑発か?」
軽口を返すレオの声に、さっきまでの剣戟の緊張が薄れ、互いにふっと笑みをこぼした。
その瞬間だった。
――ドン、と。
ホールの空気を震わせる衝撃音が耳を打ち、窓ガラスがビリビリと鳴った。
一瞬、地震かと思えたが、これは足元からの揺れではない。音は地面からではなく、空気を伝って爆風のように飛んでくる。
続けざまに、ゴゴゴ、と伝わる重く鈍い軋み。まるで回廊を挟んで隣接する本校舎の壁の中で、巨大な何かが身をひねっているかのような、不気味な振動。
リシャールがすぐさま立ち上がり、言った。
「……今の音、なんだ?」
「建物が崩れたかのような……」
ナタンが顔を上げ、緊張した声で呟く。
俺とアルチュールは反射的に窓の外を見やった。確かに学院のどこかで、何かがうごめく音が続いている。
胸の奥を冷たいものがすっと駆け抜けるような、嫌な予感が走った。
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