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◆ 学院編 ガーゴイル -1-

 五月の風が、学院の中庭をゆるやかに撫でていた。

 柔らかく温まった日差しは桜色をとうに手放し、代わりに若葉の匂いを連れてくる。樹々の葉は淡い翡翠色に輝き、薬草の花々が風に揺れる。

 生徒たちの伝書使(クーリエ)はひと通り孵り、奇石生成の授業も無事に終わったばかりの学院は少しだけ静かでいて、しかしどこか生命のざわめきに満ちていた。雛鳥たちはすでに日々の生活に慣れ、人間たちの手にもすっかり馴染んでいる。


 何日か前、授業の一環で、生徒それぞれが雛鳥を鳥籠に入れて教室まで連れて行く機会が一度だけあった。ネージュも例外ではなく、白い羽毛をまとったその姿を皆が目にした瞬間、一瞬だけ教室がざわめいた。卵は受け取った翌日に孵化したことは内密だが──その異質さは、羽色の美しさとともに人目を引く。

 しかし、誰かが「『銀の君』の従者なら、おかしくない」と口にすると、妙に納得した空気が広がり、他の生徒たちもあっさりと受け入れてしまった。


 ──いやいや、ほんとにそれでいいのか?


 確かにネージュは“普通”じゃないが、『銀の君』の従者という肩書きだけで何でも説明できてしまうのもどうなんだろう。

 まあ、面倒事にならないならそれでいいか、という学院全体のゆるい空気に、俺は内心で小さく肩をすくめた。


 相変わらずネージュは俺の部屋を我が物顔で仕切っていたが、マルスもオグマもシエルも少しずつ成長し、好き勝手に飛び回っていたあの小さな幼稚園は、次第にお互いの距離や役割を覚え落ち着いた日々へと形を変えつつあった。

 すでに三羽の中でオグマはそこそこ言葉を話す。賢さでいえば、カナードの伝書使(クーリエ)カリュストを彷彿とさせる──が、その知性も残念な方向に発揮されることが多く、相変わらず俺の首筋のにおいを嗅ぎに来る癖は抜けない。本人……本鳥は、どうやら真剣に何かを確かめているらしいが、こちらとしてはくすぐったくてたまらない。


 そんなある休日の昼下がり、俺たち四人はサヴォワール寮のホールに居た。

 しかも、その場には珍しくレオの姿もあった。

 夜の空いた時間を使って剣術の稽古を始めた──そんな話を、前にネージュ用の木の実を届けに来てくれたレオにぽろっと漏らしてしまったのだ。今、彼は柔軟体操をしているリシャールとナタンのすぐ傍で、柱に背を預け腕を組んで俺とアルチュールの動きをじっと見ている。


 ホールの中央、木製の床板が乾いた音を立てた。

 アルチュールがゆるりと剣を構え、左足を半歩引き、刃先は正面──動く気配を消しているのに、獣が獲物を測る時のような張り詰めた空気が漂う。

 俺も剣を持ち上げ、視線を重ねた。

 約束通り、お互い魔法は封じている。頼れるのは腕と脚と、この身体だけだ。


 先に動いたのはアルチュールだった。床を蹴る音とほぼ同時、鋭い斬撃が俺の肩を狙った。

 踏み込みの速さ、剣筋の正確さ。やっぱりこいつ、天才だ。しかも、日々、確実に上達している。だが、俺には見える。

 刃と刃がぶつかる前、ほんのわずかに柄をひねって受け流すと、アルチュールの体勢が一瞬だけ揺らいだ。そこへ軽く踏み込み、剣の切っ先を胸元すれすれまで滑らせる。

 それを察知してすぐさま距離を取ったアルチュールが、口の端を上げた。挑発でもなく、ただ純粋な闘志の笑みだ。


 良い男だ。惚れ惚れす――いや、何でもない。


 今度は同時に動いた。互いの足音が重なり、剣同士が連続して鳴り響く。

 アルチュールの斬撃は迷いがなく、力強く、重い。だが、俺の動きはその重みを紙一重でかわし、逆に相手の隙を生む。

 俺は、床板をかすめる音もなく滑り込み、刃を絡め取るようにして押し返した。体重の乗った一撃を正面から弾き返されたアルチュールの目が、一瞬だけ見開かれる。


 視界の端で、レオが柱にもたれたまま微動だにせずこちらを見ているのが分かった。口元には笑み──しかし、その眼差しは鋭い。


 俺はほんの一瞬だけアルチュールから目を離し、レオの視線を受け止める。

 そして次の瞬間、足首を返して床を叩き、渾身の踏み込み。

 俺の剣が空気を裂く音と共に、アルチュールの剣を大きく弾く。それから、刃が彼の胴を捉える寸前、アルチュールが苦笑を漏らした。


「……まだ、勝てないか」

「これで終わりじゃないだろ?」

 言葉と同時、俺は再び構え直す。


 そのとき、少し離れた場所から低く落ち着いた声が響く。

「……俺も混ぜてもらっていいか?」

 振り向けば、レオがこちらへ向かって歩み出ている。

「アルチュールとですか?」

 俺が確認すると、レオは少し間を置き、にやりと笑った。

「いや、セレスタン、君と一戦交えてみたいんだが」


 その言葉を聞き、俺は軽く息を吐き、アルチュールに目配せする。

 アルチュールは一瞬こちらを見やり、唇の端をわずかに吊り上げて了承のサインを送ってきた。

 理解したように頷く彼の仕草に、俺は力強く肯き返す。

 アルチュールが自分の手に握っていた剣を差し出すと、レオはためらうことなく両手で受け取り、軽く振って重心と刃の感触を確かめる。

 俺は再び構えを整え、相手の動きを目で追いながら、自然に戦闘の間合いに入った。

「……始めようか、セレス」

 レオの視線が一度、俺の動きをなぞるように動いた。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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