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◆ 学院編 模擬戦(後編)

 リシャールが微笑みながら近づいてくる。

「今の剣の動き、まるで無駄がなかった。貴族の護身術の域を超えているな」

 ナタンが、首を傾げたまま視線だけで俺とアルチュールを見比べていた。

「そうなんです……。セレスさま、魔法を使わず壁を走って空中で回転し、背後を取るとか……、いつ人間をやめたんですか?」

「やめてねぇわ!」

「……今日は、セレスさまの、私が知らなかった一面を拝見できて感動しています」

「……うん、ちょっと気持ち悪いな、それ」

「尊敬です。畏怖と尊敬が混ざった……新しい感情です」

「いらない新感情、今すぐ封印しておいてくれ」

 ナタンが「それはちょっと無理ですね……」と真顔で返してくるのに、またしても言葉を失う。リシャールがくすりと笑った。

 アルチュールはといえば、さっきからずっと黙っていた。その視線はまだ俺に向けられている。先ほどまでの激しさは鳴りを潜め、そのまなざしはどこか戸惑いすら帯びていたが――何か言いかけて、しかし彼は唇を閉じた。


「――このことを知れば、騎士団の教官も顔を青くするな」リシャールは笑みを深め、続けた。「セレス、では――次は私だ」

 冗談めかした声音とは裏腹に、リシャールの眼差しは鋭かった。

 彼もまた、王太子としての資質を問われ続けて育ってきた男だ。模擬戦といえど、手を抜くつもりはないらしい。

 だが、何度でも言うが、原作では彼は、『はかなげで麗しきリシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下』だったはずなんだ。(たお)やかで慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、いつも周囲を和ませる癒し系ポジション。剣ではなく弓を得意とし、戦いの最前線に立つよりも後方で支援することに長けていた。

 ……それが、どうして今、この攻め感あふれる仁王立ちなのか。

 俺を射抜くように見据え、いつの間にかアルチュールの持っていたエクラ・ダシエの剣を手に、まるで「次は仕留めるぞ」と言わんばかりの気迫を放っている。

 肘を張った構えは軍人のそれ。王太子の気品もどこへやら、その姿は歴戦の将校と見まがうばかりだ。


 ……誰だよ、お前。俺の可愛いもう一人の推し、どこ行った? なんか、怖えーわ。


 内心で突っ込みながらも、こちらも気を抜くわけにはいかない。

 興味を持ったこと、好奇心をくすぐられることがあると、殿下は言い出したら聞かない。

 俺は小さく溜息をつき、もう一度剣を構え直した。


 すでにアルチュールとの一戦で体力はかなり削られている。だが――逃げるわけにはいかない。

 リシャールは、はかなげで麗しき『受け殿下』のときでも、こういう場面では本性を隠そうとしなかった。全力で来る気だ。

「……はあ……、では、仕方ないですね」そう呟いて、俺はゆっくりと体制を整える。「この一戦で、今日はおしまいにしましょう。デュボア寮監との約束がありますので」

「いいだろう」

 リシャールが剣を構える。剣先が静かにこちらを指し、呼吸のリズムが変わった瞬間――地を蹴ってきた。速い。しかも、アルチュールとは違う“精度”の速さだ。

 正確で、理詰めで、王太子としての矜持(きょうじ)すら乗せたような洗練された一撃。

 突きを身を翻して避けながら、続く踏み込みはすぐさま逆足でかわし、返す刀で斜めに振り下ろす――が、受け止められた。

 金属の打ち合う音が再び響く。会話のように、剣と剣が応酬し合い、こちらの癖を読み取る動きが洗練されていく。

「……少しは疲れてくれ、セレス」

「殿下こそ、試すみたいな攻撃はやめてください」

 互いの目を見据えたまま、静かに笑い合う。だが彼の剣は容赦なく、鋭さを増す。

 リシャールの戦い方は、一言で言えば“王道”だ。変則的な技は使わない。だからこそ恐ろしい。

 地力の差だけで圧倒してくる、貴族の中でも限られた者だけが持つ“威圧”。

 だが――それでも、引けない。

 ここで俺が負けてしまえば、リシャールが、俺や俺に敗れたアルチュールよりも強いことになってしまう。これ以上、アルチュールの誇りが傷つくのは避けたい。

 俺は跳ねるように前へ出て、低い姿勢から刃を突き上げた。リシャールが即座に受けたが、それは、あまりにもアカデミック(型通り)過ぎる。右へと回り込む動きを読んで、俺は、すぐさま一旦、後ろに飛んでから踏み込んだ。


 リシャールは――剣を振り上げたまま、固まっていた。

 俺は、明確に空白を晒す彼の胴に、横なぎに払った剣の刃を当てていた。

 息を切らしながら、リシャールが苦笑する。

「……まいったな。完全にこちらの手の内を読まれていた」

「殿下、先ほどの試合で俺が疲れているのを見越して、長期戦に持ち込むつもりでしたね?」

「王太子ともなれば、勝てる手はすべて使って然るべきだろう? というか、リシャールと呼べ」


 いや、なんで王太子がそんなずる賢い作戦立ててんだよ。正々堂々でいてくれよ……。

 俺もリッシャーるるるるるって呼ぶぞ!


 心の中でそっと突っ込みながら、俺は床に置かれていた鞘を手に取り剣を収め、布の上に置いて言った。

「リシャール、そろそろ片付けましょう」

 デュボア寮監の顔が脳裏にちらつく。今日は初日だ。もしも使用時間を少しでも過ぎてしまえば、借りた側としての信頼が損なわれかねない。この空間を、また自由に使わせてもらうためにも、守るべきところは守らないといけない。

「ナタン、今日は見学だけで悪かったな」

「いいえ、セレスさま。今日は本当にいいものを見れました」ナタンが小さく拍手をしていた手のひらを軽くこすり合わせるようにして、満足げに微笑んだ。「しっかりと、ナタン・トレモイユ著『〜セレスタン・ギレヌ・コルベール様の日々〜日記』に書きます」

「すぐ燃やせ」

「きっと後世に残すべき記録になります」

「残すな。俺の知らないところで完結して燃やしてくれ」

「……出版の際は、一部献本を頼む」

 ふと挟まったリシャールの声に、俺は即座に振り向いた。


 なんなんだろう、この二人……。もう突っ込むのもしんどい。


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