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◆ 学院編 模擬戦(中編)

 この身体(セレスタン)も、なかなかのポテンシャルだ。

 反応の鋭さ、筋力、柔軟性――全て、凡人の域を優に超えている。筋繊維の質も、バネの利いた動きも、生まれつきのものではない。かなり鍛えたのだろう。


 おそらくセレスタンに足りなかったのは、あと少しの経験ぐらいだ。ならば、それは俺が補ってやる。

 周囲からは「脳筋」だの「フィジ(フィジカル)モン(モンスター)」だのと呼ばれ、卓上の授業はそこそこに、毎日のように部活や道場に通い詰め、夜はヲタ活に全フリしながら県内外の大会を回っていた俺が、補ってやる。

 この身体でも前世と同じくらい――いや、それ以上に戦えるようになる。


 床を蹴る音が響いた。距離を取ったアルチュールが再び真正面から突っ込んでくる。少し遅れて俺も踏み出す。空気が裂ける音。剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音が弾け、お互いの剣先が空を切りわずかに逸れる。

 アルチュールの剣筋は鋭い。重く、無駄がなく正確。こいつは天才だ。だが、俺に受けられる前提で戦い方が組み立てられていない。その分、俺に利がある。直撃するはずの一撃を、俺は一瞬、重心をずらして受け流す。床を滑るように移動し、片手を地面につけ高く飛んでバク転を一回。

 視線を切らさず、着地と同時に斜めから袈裟懸けに切り返す。それを受けられるとすぐに、俺の剣の腹でアルチュールの剣を撥ねた。アルチュールの体の軸が大きく乱れる。その隙に、一歩。さらに一歩。脇から刃を差し込み、下から打ち込む。


 ――読み切った。


 もう一歩、踏み込む。

 ただの練習試合のはずが、アルチュールの表情が変わっていった。歯を食いしばる気配が伝わる。最初の余裕が完全に消え、額に汗がにじんでいる。

 剣を上段から振り下ろすアルチュール。その動きに熱が混じってきた。冷静さをわずかに欠いたその刹那、見えた一撃を真横に回転しながら避け、俺は壁を駆け上がるように蹴って角度を変えて宙で反転しながら背後を取る。

 直後、アルチュールの首元すれすれに、俺の剣が止まっていた。


 静寂。


 その場の空気が凍るような沈黙。勝敗は、火を見るより明らかだった。

 ナタンが呆然としたように呟く。

「……セレスさまって、こんなに強かったでしたっけ……?」

 リシャールは小さく頷きながら、「これは……想定外だな……」とぽつりとこぼした。

 アルチュールは、荒くなった呼吸を整えようとしながら一歩前に移動する。額には大粒の汗。

 俺も、さすがに肩で息をしながら、無言のまま剣を下ろした。


 ――今回、俺には、勝たなければならない理由があった。

 アルチュールは、強い。人並外れて強い。そしてその強さゆえに誰にも頼らず、一人で背負い込み、独りで突っ走る。それは、彼の美点であり、同時に――危うさでもある。

 小説本編では、この先、彼は陸軍近衛師団に入る。そして、魔物相手に常に自らの力だけで解決しようとした。その結果、彼はスタンピードで大けがを負い、生死の境をさまようことになる。

 誰かが彼の無謀な行動を止め、背中を預けて共に戦うということを教えなければ……、彼はまた、あの結末へ向かってしまう。

 だから、俺は負けるわけにはいかなかった。真正面から彼を制してみせる必要があった。その役目は誰でもよかったのだが、まあ、たまたま俺だったというだけだ。

 この稽古は、ただの実力試しではない。

 アルチュールに「共闘する」ということを、肌で理解させる機会だった。


 仲間は、お前の足手まといにはならない。

 一緒に戦うことは、弱さの証ではない。


 そのことを、伝えるために――俺は、絶対に勝たなければならなかったのだ。


 剣先を床に向けたまま、アルチュールが口を引き結び、じっと俺を見つめている。

 鋭い視線。でも、その奥に宿るものは――屈辱……、ではない?

 まるで何かに触れてしまったような、あるいは、まだ名もなき感情に立ちすくんでいるような……。


 ……これは、嫌われたかもしれないな……。推しに嫌われるのはつらいが、これもいたし方ない。


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