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◆ 学院編 選別の儀式

アンセートル(神聖なる)コロンヌ(始祖の)サクレ(円柱)

「アンセートル・コロンヌサクレ」

「アンセートル・コロンヌサクレ……」


 アルチュールと俺が主祭壇(しゅさいだん)へと歩を進めると、通路の両脇に並んだ司教たちが呪文を唱え始め、突き当りに五本の透き通った柱が直径三メートルほどの円を描くように現れた。その真ん中に円柱の台座があり、曇り空を閉じ込めたような手のひら大の水晶球が乗っている。柱は幻影だが、台座と水晶は実在するものだ。


「では、シルエット殿、こちらへ――」

 先に名を呼ばれたアルチュールが、一瞬、俺に視線を向けると、口元に微かな笑みを浮かべて「行って来る」と言った。


 ――くっっそイケメン!

 何気ない瞬間すら、どの角度からどう捕えても秀麗。無造作に視線を横に流しただけで、そこに一枚の絵画が完成する。過去の吟遊詩人たちがどんな謳い文句で取り繕ったところで、彼の美しさの百分の一も表現できないだろう。

 口角を少し持ち上げた唇の形は、空のどんな三日月の形よりも完璧だった。

 ……顔、直視出来ない。いや、見てるけど、息ができない。

 胸の奥がギュッと縮こまり、息を吸おうとしても喉がつかえてうまくいかない。無理やり視線を逸らそうとしても、意志に反してまた彼の顔に吸い寄せられてしまう。

 あれだ、これはもう重力。存在そのものに引力がある。

 その横顔の睫毛の長さとか、黒髪の艶とか、真っ直ぐな鼻筋とか……、いちいち反則だろ。天は彼に美貌を与えすぎている。何の冗談だ。息を吐いたつもりが、うまく声にならず、ただ喉の奥が熱くなった。

 ――流石、俺の推し! 尊い!


「水晶に触れて下さい」

 ここでは水晶の色の変化と光り方で、魔属性の最終検査と現在の魔力量の測定が行われる。


 修道士に指示され、柱の中へと進んだアルチュールが水晶球に静かに右手を置くと同時に、彼を中心として赤い光が柱の中に満ちていく。

 温かい色。そして、強い。柱の外にまで光が漏れ出している。想定通り、アルチュールは、かなりの魔力を保持していることが分かる。


「『火』の属性」

 二人の大司教が同時に発した。


 そして、柱に巻き付くようにして現れた枝の葉は――、

「『オリーブ』の加護」


 うん。これはマリンボール先生の世界観が忠実に再現されている。先ほど遠目に見ていたリシャール殿下のデピスタージュ(スクリーニング)の結果も原作通り属性は『土』で『オリーブ』の加護。


 俺はほっと胸をなでおろす。


 一方、ナタンは『風』の属性、『ローリエ』の加護を受けていた。

 ナタンの加護は原作のセレスタンと同じだな……、と考えていると――、


「アンセートル・ベネトラクト・アコーデ」

「アンセートル・ベネトラクト・アコーデ……」


 樹液の入った小瓶を手に大司教たちの唱和(しょうわ)が始まり、アルチュールの(てのひら)に魔法陣が浮かび上がる。

 頬を紅潮させ両手を見つめるアルチュールは、硬く閉塞した透明の水槽の中に、限りなく美しく小さな命が泳いでいるのを見付けたかのような表情をしていた。自分の手の中に生まれたその奇跡を、恐る恐る、でも嬉しそうに確かめている。やはり、子供だ。

「セレス!」

 両手を前に突き出し、完成した『ベネン(掌の魔法陣)』をこちらに向け、アルチュールが俺の名を呼ぶ。口元には抑えきれない笑みが浮かび、誇らしさがあふれすぎて、全身のどこにも収まりきっていない。俺に見てほしくて仕方がない、そんな気持ちが滲み出ていた。


 ……いや、これは子供ではないな。

 完全に肉球を見せて来るワンコだ。


 さっきはアルチュールの頭の上に耳が見えたが、今は腰あたりにブンブンと左右に振られている尻尾が見えるような気がする。俺は思わず小さく息を吐いて、ゆっくりと笑みを返した。


 ――まったく。こんな顔を見せられたら、どうして好意を持たずにいられるんだ。


「では、コルベール殿」

 アルチュールが柱の中から出たとほぼ同時に、まるで昭和の少女漫画に登場するような若く線の細い修道士に促され、リシャール殿下とナタン、そしてアルチュールに囲繞(いにょう)されながら俺は柱の中へと進む。

「お手を……」と言われて水晶球に触れた瞬間、周囲に響動(どよ)めきが走ったあと、すぐさま時が止まったかのような静寂に包まれた――。


 あ、これマジでヤバいやつだわ……。


 理由は分からないが、俺が触れている水晶球を中心にして、聖堂内部全体が青みを帯びた『()()』に輝いている。

「……一体、どうなってんだよ」

 思わずぼそりと呟いたものの、冗談ではなく、これは確実にヤバい。本能で分かる。


 風の属性は『白』、火の属性は『赤』、水の属性は『青』、土の属性は『緑』色に水晶球が輝く。


 そう、水晶は『四色』のどれかに輝くはずなんだ。


 セレスタンの記憶では、乳児の頃に洗礼と属性検査のため、ここを訪れた時、水晶は『青』く光ったと母親のマーガレット・ギレヌ・コルベール公爵夫人から幾度も聞かされている。


 ――『銀色』って何なんだよ。


 何の属性なんだよ。知らねぇよ、こんなの。本に出て来なかったじゃねえかよ!

 聖堂全体が光り輝くとか、あまりにも規格外すぎる。演出が豪華すぎて、もはや宗教の奇跡とファンタジーの宴の悪魔合体じゃねぇか! どんだけ魔力持ってんだ、セレスタン!? ミラーボール十個集めても、ここまで眩しくならねぇわ!! 光の粒子が降ってくるたび、なんか神の祝福受けた気になってくるけど、こっちはただの転生モブですから! 

 もう、宇宙船が地球の牛をかっぱらいに来た時レベル。夜の牧場で目撃されるやつだよ!?

 いやいやいやいや、おかしい。

 こんなの、主人公サイドにもなかったろ!? せいぜい「天才的な魔術の才を持っていた」くらいだったはずだ。まさかここまでとは。ここまでとは!! なにこれー!?


 俺は一旦、ミラーボール……、じゃなくて水晶球から手を離し、あたりを見渡した。

 向かって左側の大司教は椅子のひじ掛けを両手で握りしめ、残る右側の大司教は中腰で立ち上がり二人とも凝然(ぎょうぜん)と固まっていた。殿下は驚きをあらわにし、ナタンは何故か祈るように手を合わせ、振り向くと何とも形容のしがたい表情を浮かべたアルチュールが俺に感情のこもった目を向けている。


 この状況は、今までのバグなんて無かったことにしてもいいぐらいの一大事だ。


「セレス……、こ……、これは……、『水』の属性を基調とした『光』の属性では……?」

 時が止まったかのような無音の中、口火を切ったのはリシャール殿下だった。

「おお……、確かに……」

「正に殿下の仰る通りなのかもしれませぬ。いや、そうとしか考えられませぬ」

 二人の大司教が続く。


 『光』の属性……?


 ああ、そういえば原作の中にさらっと触れられていただけだから記憶の隅っこに置き去りにしていたが、もしやそれは、『風・火・水・土』四つの属性を操ったワンジェ王国の始祖が持っていた()()()()()

 今まで何人かの王と大司教にしか現れていなかったという『リュミエール』のことか??


 それが、なんで俺に??


 いや、だから、このドメワンの世界では、セレスタン()はサブキャラ。

 根は良い奴だが口数が少なく、アルチュールだけに対しては常にペダンチック(衒学的)な態度を取っている所詮(しょせん)は『当て馬』に過ぎない。


 確かにコルベール公爵家は王族との繋がりがとても強い。過去に王女を妻として迎えた当主が何人も居るし、その逆、娘を王、王子、王家の親族の妻として送り出したことも多々ある。現にセレスタンの妹、フォスティーヌ・ギレヌ・コルベールは、リシャール殿下の筆頭妃候補。

 なので、今まで交じり合った王家の血のせいだろう、他の貴族の家よりは魔力持ちが続々と輩出されている上、魔力量が多い者も現れやすい――。

 これがこの国で王家に次ぐ権力を持つコルベール家が『始祖に二番目に近い』といわれる所以(ゆえん)だ。

 だからセレスタン()も魔力量が多い……、それは話の流れからして理解できる範囲。


 問題は、『金の(きみ)』リシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下ではなく、『黒の騎士』アルチュール・ド・シルエットでもなく――サブキャラのセレスタンにこんな選ばれし勇者が持つようなバカげた『チート能力』が備わっていること!


 これではまるで、『銀の(きみ)』セレスタン・ギレヌ・コルベールがこの物語の主人公みたいじゃないか!?


「…………」


 無理無理無理。

 駄目だ。少し前から触れないようにしていたが、どう考えてもそこに行きついてしまう。しかしそう簡単に認められるか! 何年も推して来たカップルが目の前に居るんだぞ! そのメインキャラ二人を差し置いて、俺が主人公になるだなんて烏滸(おこ)がましいにも程がある。ファンアートだって描いたし、推し二人の関係性を考察しながら原作を何周もして、寝る前には尊い妄想に耽っていた、あの二人が居るのに、俺が?


 それを……差し置いて……、俺が……?


 バカ言うな。メインに食い込んでどうすんだよ。何? 最近の転生モノは推しカプを喰いに行くスタイルなの? そんなの聞いてないんだが!!


「ロっ、ロード・コルベール!!」


 ……なんか今、すっごく嫌な予感がした。


 唐突に響いた声の方向に視線を流すと、床に尻もちをついた少女漫画風の修道士が、立てた右手人さし指を俺の頭上に向け指し示していた。

「何なんだよ、ったく……」

 見上げると、柱の一本一本を覆い尽くすかの勢いで、青々と茂った木の枝が下方へと一気に伸びて来ていた。


 葉っぱ……、盛り過ぎじゃね?? なにこれ? 密林(アマゾン)? 翌日配達? 南国リゾートの温室じゃねぇよな?

 いや、待って、葉の密度どうなってんの!? 


「た、多大なる『ローリエ』の加護!」

「ロ、『ローリエ』の加護!」


 ああもう。大司教が噛んだ。

 噛むよな、それは。無理もないよな。その気持ち、分かるよ。俺だって言葉詰まるもん、こんなの目の当たりにしたら。

 というか、加護の木が『ローリエ』って。うん、そこは原作通りなんだな。妙なところで忠実だな、おい。


 しかし、『ローリエ』の加護は、浄化系魔法の力を特に強化してくれる。

 セレスタンの保持する魔力量と、チート能力『リュミエール』があれば――、

 かなり高度な回復魔法が使えるヒーラー(治療者)となり、近い将来に起こるだろうと思われるスタンピード(魔物の集団暴走)で、大けがをするアルチュールを救えるのでは……?


 そうか、そうだ!

 俺、伊丹トキヤがこのドメワン世界に転生した理由――それは、アルチュールを救い、推しカプをハピエンに導くために違いない!



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