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◆ 学院編 学院のガルディアン(余談)

 倉庫で剣を受け取ったあと、俺たちは寮のホールへと向かって歩き始めた。


「……重みのある言葉だったな」と、アルチュールが低く呟き、ナタンが小さく頷いた。「正直、あんな話が聞けるとは思っていなかった」

 誰もが少なからず胸を衝かれたような表情を浮かべていた。オベールの語り口は穏やかだったが、だからこそ、なおさら一言一言が響いたのだ。

 しばし沈黙のあと、リシャールが歩を緩めずに言った。

「概要は聞いていた。事故に巻き込まれて、ボンシャンに救われたということまでは……」ひと呼吸置いて、言葉を継ぐ。「だが、ここまで具体的に、それも当人の口から語られるとは思わなかった。リュドヴィック・シルヴァン・オベール警備官は学院のあの部屋に籠もっていることが多い。私でさえ今までは、まともに顔を合わせるのは年に一度か二度あるかどうかだ」


 それを聞いて、俺はようやく合点がいった。

 本編には、彼の名前も姿も登場していなかった。

 日常的に姿を見かける機会のない人物ならば、セレスタン・ギレヌ・コルベールの記憶にも、オベールの存在がなかったわけだ。


 その思考の途上で、ふと、胸元にさがる重みを感じて俺は奇石の存在を思い出した。


 ――そういえば、倉庫に入る前から通信状態のままにしていたのだった。


 剣の受け取りに集中していたせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。慌てて手を添え、そっとストーン・ホルダーを覆うようにして耳元に近づける。

 すると、かすかに、しかし絶え間なく石の内側から音が漏れ聞こえてきた。


 ――カタカタカタカタカタカタカタ……。


「………………」

 どうやらネージュの寝床と思われるバスケットの揺れる連続音に混じって、鼻声と、しゃくり上げるような泣き声が交互に響いている。


《ううう……っ、なに、もう、むり……やばい、これ、尊死案件……っ》

 籠の中で、片翼の先を胸に当て、泣き崩れているらしいネージュの姿が容易に想像できた。


 ――カタカタカタカタカタカタカタ……。


《無理むりむり、あんなの聞かされたら生きて帰れない……、え、帰る? ここ、俺のおうちじゃねえか。もうてんぱりすぎ。でも保存……保存は……録音保存ッ、ちょ、録音、録音どこ!? そんな機能、ねぇぇえ!? ああああ保存できてないの罪すぎるうぅぅ! ねぇやだ、ほんと無理、なんでよりによってそんな嫌いなやつに体つくられてんの!? 内臓が、ボンシャン由来!? やだやだやだ、しんどい、嫌いっ、大嫌いっ、て言いつつ、なんなのあの人、きっとボンシャンが微笑んだだけでオベールの世界の彩度が上がるに違いないボンシャン! やだ、語尾がボンシャン。ヤバイ。無理。しんどい。二人とも顔が良すぎる罪で逮捕されてほしい……、奇石からは見えないけど、オベール、イケメンに違いない。ボンシャンが生きてる限りずっと見守ってるんだよ。でも、嫌いっ。大嫌いっ。……ふたりのあの距離感ッ! お前ら何年越しの感情抱えてんだよォォォおおおおッ!! 拗らせすぎぃぃ、あぁもう無理、尊死、いや、既に俺、召されてるわ》


 嗚咽まじりのひとり芝居が、どうやら机に置きっぱなしになっているバスケットの中で展開されているようだ。

 おそらく、あの小さな肩を震わせながら、涙と鼻水と興奮を入り混ぜた顔で寝床に突っ伏して震えているのだろう。



 ――拝啓、綾ちゃん。

 伊丹トキヤ兄ちゃん()は、そちらの世界にいたとき、こんなふうに感情の濁流に翻弄されていましたか?

 遠く離れたこの地で、己ではない誰かがこうして自分の内側をさらけ出し、もがき、泣き、そして萌え死にそうになっている様子を知ることで、初めて自分という存在の輪郭がくっきりと浮かび上がるような気がします。


 他者の熱量や苦悩を目の当たりにして、己の内面を見つめ直すことができるのです。


 その意味で、ネージュのことは、今の自分にとっても、これからの自分にとっても、なにかの糧になるのかもしれない――、


 ……なんのか、これ? まあいいや。と、静かに胸に刻んだ。


 ……あー、通信音量を最小にしておいて、本当によかったぁー。


 音声制御の呪文を含め、『ドメーヌ・ル・ワンジェ王国の薔薇 金の(きみ)と黒の騎士』本編に登場する全ての呪文を暗記していたかつての自分に感謝だ。

 うっかり音声最大のままだったら――あのネージュの腐った独白を公開する羽目になっていたかと思うと、冷や汗が出る。

 まあ、もうネージュが喋れることは、アルチュールを筆頭に関係者全員が知っているけど――まだネージュは片言しか話せないフリしてるし、こんな内容なんて聞かせられない。


 いまだ、カタカタカタカタカタカタカタカタ――と小刻みに音を漏らす奇石を、そっと手で押さえながら、俺は体操着の襟に指を差し入れ、胸元の内側へ滑り込ませた。

 できるだけ肌に密着させるように押し当てると、音が幾分か和らいだ気がした。


 ネージュの情緒が落ち着くまでのあいだ、少しでも隠してやるのが、せめてもの配慮――いや、正直に言えば、俺のためだ。こんな内容、聞かれたくなさすぎる。


 そっと息を吐き、心の中でネージュの回復と理性の帰還を祈る。

 奇石を押さえる指先に意識を集中しながらも、俺は歩みを止めることなく、寮のホールへと向かっていた。


 ……あとで、ネージュにオベールのイラストでも描いてやるか。あの二人の関係性にひとりで盛大に悶えてる様子を見ると、手間はかかるが、まあ、描きがいはある。



(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

ご反応、本当に有難うございます。

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