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◆ 学院編 エクラ・ダシエの剣(後編)

 もちろん、俺は本編を読んでいるので、それの存在を知っていた――そう、模造刀ではあるが、不思議な剣だ。


「“エクラ・ダシエ”――そう呼ばれている剣だ」リシャールは一呼吸置いて、ゆるやかに説明を続けた。「訓練用の模造剣で、形は本物そっくりなんだが、斬撃が人体に触れた瞬間、刃の部分だけが霧のようにふっと消える。だから、怪我をすることはない。斬られた側には痛みはなく軽い衝撃だけが伝わり、斬った側には手応えが残る仕組みになってる。魔法と鍛冶技術の融合で生まれた、高等な訓練用の剣。古代の魔法構造を応用していて、見た目も感触もリアルなのに、決して相手を傷つけないようできている。試合に出ていた者たちは、それを使って見事な技を見せていた」

「エクラ・ダシエ……鋼の閃光、か。理に適ってるな。安全かつ実戦的な訓練ができるとなれば、そりゃ強くなるわけだ」

 アルチュールが小さくその名を繰り返すと、ナタンも感心したように頷いた。

「実に格好いい名前ですね。訓練用とはいえ、そういう精巧な道具を使えるなら、本格的に鍛錬する気持ちにもなるというものです。ね、セレスさま」

「そうだな。しかし、王族だけが視察を許されてる魔導軍の試合か。生で観れたら、きっとものすごい迫力なんだろうな……」

 俺は思わずそう漏らしながら、リシャールの横顔を見やる。

 その視線に気づいたのか、リシャールがわずかに口角を上げて言った。

「今度は、セレスも誘おう。『銀の君』がいると、空気が和らぐ」

 ナタンが唐突に、すっと背を正した。

「ありがとうございます。ご配慮、痛み入ります」

「……ナタン、君は誘っていないが?」

 そのリシャールの一言に、アルチュールが紅茶のカップを置きながら、穏やかに参戦してきた。

「リシャール、それは少々不公平ではないか。"ぬけがけ"はルール違反だ。セレスを誘うなら、我々にも同じ機会を与えるべきだ」

「必要な人材を勧誘しているだけだ」

 リシャールが平然と返すと、アルチュールは少しだけ眉を上げた。

「では、その“必要な人材”というのは、剣術のためか? それとも――心の癒やしのためか?」

 一瞬の沈黙。

 その間にナタンが満足げにうなずいた。

「まったくもって同感です。セレスさまがいてくださると、場が和みますからね。そもそも侍従として随行するのは当然の……」

「まだ君を連れて行くとは一言も――」

 だがナタンは真顔のまま、きっぱりと答えた。

「学院の外であれば、私はセレスさまの侍従です。一緒にうかがうのは当然の義務」


 ――なにか、「ぬけがけ」とか「ルール違反」いう不穏な単語を耳にしたような気がするけれど……。


 俺は少しだけ首をかしげながら、目の前で繰り広げられる静かな攻防を、なんとなく苦笑いしつつ見守った。今日もアルチュールとリシャールの距離は、友人のままで全然縮まらない。進展の兆しなど欠片もなし。もちろん、どこかのタイミングで不意に歯車が噛み合う可能性はあるけど……今はまだ、その時じゃないんだろう。

 供給がないなら、待つ。それが、腐の民としてのたしなみだ。


「じゃあ……今度、みんなで行こうな。にぎやかでいいじゃないか」

 仕方なく俺がそう言うと、空気がふっと和らいだ気がした。

 リシャールは目を伏せて微笑み、アルチュールは肩をすくめながら、「まったく、セレスには敵わないな」と呟く。

 ナタンがすぐに、場を仕切り直すように、軽やかに手を振った。

「はいはい。さて、話は戻りますが、具体的な稽古の日時や場所の件、早めに決めておきましょう。今日中にデュボア先生にも相談して、彼の都合も聞いてみませんか?」

「……わかった」

 アルチュールがそう返事をして、リシャールも静かに同意した。

「無理なく調整しながら進めよう」

 俺は表情だけで賛同を示しながら、その言葉を返した。


 そのとき、始業の十分前を告げる予冷のベルが鳴り響いた。

 俺たちは顔を見合わせて立ち上がる。それぞれが何かしらの余韻を抱えたような表情だった。特にアルチュールは、どこか高揚したような面持ちで窓の外に目を向けた。

 その横顔には、鍛錬のことを思ってか、静かな意欲が宿っている。

 それから、こちらへと視線を戻し、彼は短く告げた。

「……行こう。そろそろ始まる」

 頷いて、俺たちは教室へと足を向けた。



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