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◆ 学院編 エクラ・ダシエの剣(前編)

 ネージュが孵化してから十五日が経った昼下がり。

 学院の食堂は、いつものように昼食を取る生徒たちの声で賑わっていた。


 木漏れ日が差し込む窓際の席に、俺たちはテーブルを挟んで座っている。右斜め前のナタンはパンにバターを塗り、正面のリシャールはスープを一口ごとに吟味しているような表情を浮かべ、右隣のアルチュールはというと、なにやら少しだけ口元に力が入っていた。

「……なあ、相談ってほどじゃないんだが――。ちょっと聞いてくれるか」

 その声音はいつになく慎重で、けれど隠しきれない思いが滲んでいる。

 俺たちが自然と耳を傾けると、アルチュールはわずかに息を吐いて続けた。

「この学院に来てから、ずっと、まともに身体を動かしてなくて……。授業は想像していた以上に興味深い上に、学ぶことも多いのは理解している。しかし、剣を握る時間が短いと、どうも落ち着かない」そう言ってから、彼は自嘲気味に笑った。「昔から、毎日かかさずやってたんだ。剣を振るのは、俺にとっては、呼吸みたいなものだから」

 その一言に、俺は思わず大きく頷いていた。

「……分かる。デュボア先生の剣術の時間だけじゃ、ちょっと物足りないもんな」

 気づけば、それは俺自身の実感でもあった。座学も嫌いじゃないが、体を動かすことで整う感覚ってのは、確かにある。


 本編でも、アルチュールはちょうどこの頃、学院の生活に慣れ始め、授業の緊張が少しずつほどけてきたタイミングで、こうして自主的に鍛錬を始めていた。


「それならば」バターを塗り終えたナタンが、ふと思いついたように口を開いた。「デュボア先生に頼んで、第一寮の一階ホールを借りられないでしょうか? 先日、カナード先生に教わった簡単な結界で魔法障壁を張って内部を保護しつつ、外に音が漏れないようにすれば、夕食後に鍛錬するにはちょうどいいと思います」少し肩をすくめながら、彼は続ける。「どうせやるなら、この際、四人で集まって交代で手合わせしてみませんか? ひとりで黙々と剣を振るより、刺激になると思いますが。いかがですか、リシャール?」

「殿下と呼べ」

「いーかーがーでーすーか~、りっしゃ~~ルるるる?」

 ナタンがわざと巻き舌で語尾を伸ばし呼びかけると、リシャールとアルチュールが思わず吹き出しそうになりながらも、口元に笑みを浮かべた。

 その笑みは、曇り空の一瞬の晴れ間のように、二人の端整な顔立ちにふっと柔らかさを増し、まるで磨かれた彫像に温もりの気配が宿ったかのようだった。


 ――ぬぉぉぉぉおっ! 今の笑い方、ずるいだろ!

 無防備に浮かんだアルチュールの笑顔は、普段の無口で不器用な印象を吹き飛ばすくらい自然で、息をのむほど整っていた。本編じゃまずお目にかかれない、『レア・微笑み』だ。尊い!

 そしてその隣で微かに笑ったリシャールの横顔ときたら! 金糸の髪が揺れ、まつげの影が頬をかすめる。まるで絵画の中から抜け出した王子様。ふっ、ふつくしい……。


 軽く肩を揺らしつつ、アルチュールが頷く。

「室内なら天候にも左右されないし、剣の動きにも集中できそうだ。毎日じゃなくても、時間が合えばぜひ、みんなで……」

 ゆったりとスプーンを置いたリシャールが、静かに話に加わる。

「使用する剣道具なんだが――最近、学院には、“特殊な剣”が装備された。まだ通常の授業には取り入れられていないが、以前、王族が視察する魔道軍の剣術試合の場で、それを用いて模擬戦を行うのを見たことがある」

 彼の言葉に、アルチュールが目を見開き、ナタンが興味深そうに身を乗り出した。


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