◆ 学院編 通信(後編)
「……あれも、テストしとくか? デュボア先生たちがやってた位置確認」
《あっ、あれな! やろうやろう!》
ノリノリで返ってくる返事に、こちらまで楽しくなる。本気で気に入ったらしい。奇石を手に入れたことが彼にとってどれだけの意味を持っているか、改めて思い知らされる。
「せーの、で行くぞ」
俺は再びペンダントを握り直した。
《よし。せーのっ》
「せーの」
《ローズ・デヴォン》
「ローズ・デヴォン」
一人と一羽の声に呼応するように、ペルル・ノワールがふわりと脈打つ。
直後、目の前の空間に円形の羅針図が浮かび上がった。淡く光る輪郭を持つその図形は、中心から静かに回転しながら周囲を測っていく。まるで、意志を持ったかのようにゆるやかに動き、やがて一点が小さく輝いた。
それは、寮の一室――ネージュの位置を示していた。
《……すげえなこれ。なんか、俺たち本当に“繋がってる”って感じだ……》
「ああ……この奇石、想像以上にすごいな」
ネージュの言葉に、俺も深くうなずいた。
ちなみに、伝書使たちが奇石を使う際には、呪文こそ唱えるが、魔法陣を展開する必要はない。というのも、奇石は彼ら自身の卵の殻から生成されたものであり、自らの起源に由来する素材は魔法回路との親和性がきわめて高い。そのため、余計な媒体を通さずとも、魔力が直接届く。
仕組みについては、『ドメーヌ・ル・ワンジェ王国の薔薇 金の君と黒の騎士』にも記されていた。
そして、先ほどのデュボアと伝書使のノクス、カナードと伝書使のカリュストとのやり取りを見ても、設定はこの世界において、しっかりと踏襲されている。
《なぁセレス、これさえあれば、お前ぇさんが学院に行ってる間も話せるよな?》
「まあな。……ただし、奇石を持ってることはまだ公にできない。それどころか、ネージュが一日で孵化したことも誰かに知られたらマズい」
その言葉を聞いた瞬間、ネージュの羽根がふるりと揺れた。口をへの字に結び、そっとペンダントに視線を落とす。羽根の隙間から覗くその表情は、しょんぼりという言葉そのものだった。
あからさまに落ち込んだ様子が、なんともいじらしい。
「……だからさ。なるべく人目は避けて……、こっそりな。な?」
俺が少しだけ声を和らげて言うと、ネージュはバスケットの中でぱっと顔を上げた。
《こっそり……! そ、それなら……アリだな! よし、作戦名“シークレット通信”、決定!》
しょんぼりしていた表情から一転、ぱたぱたと羽根を弾ませながら、わさわさと動くネージュ。その様子に、思わず口元がほころぶ。
《……ああでも、早く使いたくてうずうずする……!》
ネージュは胸元の石をまた抱きしめていた。
彼はまだ、他の伝書使たちの孵化が始まるまで、しばらくはこの寮の部屋から出られない。だからこそ、こうして通信ができることは、ネージュにとっても大きな意味を持っている。奇石は窓であり、声であり、外と繋がるための小さな翼なのだ。
《セレスが授業を受けている間……、俺、ちゃんと待ってるからな。なるべく騒がずに、大人しくしてる……つもり。でも、窓から見える景色には注目しておくぞ。良い感じの二人連れがいたら、昼休みぐらいを見計らって報告する!》
「……おい」
《もし誰かが、うっかり靴紐がほどけた子にさりげなく結んでやったりしてたら、確実に報告対象だ》
「いや、うちの制服、革靴だから。紐ない」
《……っく、くそぉっ……! 学院内には、“ほどけた靴紐を結んであげる胸板の厚いスパダリ攻め”が存在しないのかっ!?》
ネージュは天を仰ぎ、翼をばっさばっさと動かして悔しがる。声は完全に落ち着いたバリトンボイスなのに、身振りはどこまでも無垢で、なによりも本気で残念そうなのが、妙に可笑しい。
俺は少し笑って、呟く。
「じゃあ……、そろそろ終わりにするぞ、ネージュ」
《おう、仕方ないな。了解。フィネ 》
「じゃあ、フィネ」
その瞬間、淡く光っていた奇石の輝きが、ひとひらの羽根が舞い落ちるように、静かに収まっていった。
通信は、終了した。
けれど、二人の絆は、確かに、そこに在った。
腐男子の絆が――。




