◆ 学院編 通信(前編)
「ところでだな、セレス」
バスケットの中でペンダントを抱えたネージュが、こちらを見て言った。その赤い瞳は、まるでおもちゃを手に入れた子どものようにわくわくと輝いている。
「なんだよ?」
「通信機能があるんだろ? 試してみたい。使ってみないことには、どんな具合かも分からん」
「……授業でやるんじゃないのか? 勝手にやっていいのか?」
「「使うな」とは、言われていない」
得意げにくちばしを鳴らしてそう返してくるネージュに、俺は少しだけ目を細めた。
「……ああ、確かにそれもそうだ。……今なら、距離も近いし、失敗しても大丈夫だな」
「だろ?」
「仕方ないな」
ネージュは嬉しそうに羽根をすぼめて、ちょこんと座り直した。その動きはどこかぎこちなくて、でもその不器用さが、やけに可愛らしい。
「じゃあセレス、ちょっと距離を取ってくれ。そこにいると、声がダダ漏れだ」
「分かった。で、どっちから呼び出す?」
「やっぱり、主、お前ぇさんからで」
「了解」
俺は立ち上がりベッドまでゆっくりと歩いた。マットに腰を下ろし、深呼吸をひとつ。
サリトゥを感じながら掌に意識を集中する。そして、胸元に下げたペンダントをそっと握り、呪文を唱えた。
「……フェルマ・ヴォカ」
その瞬間、ベネンが淡く輝き、細い光の糸が掌からペンダントへと繋がって、やがて目に見えない波となって広がり、消えて行った。
空気がぴんと張り詰める中、声が響く。
「……おっ、こっちの奇石が光った!!」
「ネージュ、レシピオ・ヴォカ、レシピオ・ヴォカ言って」
「おっと、そうだ。レシピオ・ヴォカ!」
直後、ネージュの声が、ノルデュミールの籠に入れられたペルル・ノワールから聞こえて来る。
《そういやぁ、この呪文、既に頭ん中にあったわ。セレスの記憶だな、これは……。えーと、こちらネージュ、聞こえるか?》
どこか緊張を帯びながらも、興奮と期待が入り混じった様子だ。
「ああ、聞こえてる。ばっちりだ、ネージュ。音もすごくクリアだ」
《本当に……? こっちもだ。すげぇ……! 俺の声、ちゃんと届いてるんだなあー》
バスケットの方をちらりと見ると、ネージュが感嘆したようにホルダーに入った石を抱きしめていた。なんだか、彼の喜びが言葉以上に胸に伝わってくる。
「……ああ。まるで……スマホみたいだな」
《おっ、それだっ! それだよセレス! スマホってやつだ! 俺、知ってるぞ、映像とかも送れるやつだろ? あの、ぴっぴってやつ!》
ネージュの声がやけに楽しげで、思わず笑ってしまった。
「ぴっぴって……いやまあ、そんな感じだけどな」
《これ、持ってるだけで文明の利器って感じするわ……。やべぇ……俺、今、一年生の伝書使で最先端だな!》
ぴょこぴょこと羽根を弾ませ、ネージュが言った。




