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◆ 学院編 ストーン・ホルダー(後編)

 カリュストが一礼し、再び口を開いた。声には、静かな熱意が宿っていた。

「……ノクスと私にとっても、新しい仲間(クーリエ)に関する事態です。もはやオブザーバーではいられません。ジャンの到着後、改めて状況を――」

「待ってください、カリュスト」

 ボンシャンが軽く右手を挙げて遮った。その目元には、いつもの穏やかな笑みがたたえられていたが、声にはごくわずかに硬さが混じっていた。

「今後の処理については、あくまで学院内の機密として扱います。関係者の数は、必要最小限に絞るべきでしょう。……申し訳ありませんが、今は一度、時計塔へ戻ってください」

 その言葉に、ノクスがあからさまに頬を膨らませる。カリュストもわずかに口を引き結んだが、やがて短く頷いた。

「……まさか、帰れと仰るとは思いませんでした」

「ただし――お願いがあります」

 ボンシャンはカリュストのほうへ半歩近づき、声をほんの少しだけ低めた。

「あなた方には、この件に関して私の伝書使(クーリエ)、オレリアンへ報告を。今、このような状況で、私は彼とは直接連絡を取る時間がありません。そして、寮監付きのあなた方が知ってしまったことを、同じく寮監付きなのに彼だけが知らないとなると……」

 ノクスは羽根を一度ぱさりと揺らすと、肩をすくめるような動作をして言った。

「あ〜……分かる。分かるわぁ……。やっかいなんだよなぁ、あいつ。あ、あいつって言っちまった。先輩なんだけどな、まあいいか。普段は、滅茶苦茶ニコニコしてて、声も柔らかくて、誰にでも優しくてさ。ちょっとくらいの失敗なら「気にしないでください」なんて笑って流してくれるし、もう神様か何かかと思うじゃねぇか? ……いや、思ってたよ、こっちは。最初はね。でも、怒ると……、いや、「怒る」っていうのとも違うんだよなぁ。オレリアンは、声荒げたりしないし。むしろ、静かになる。静かに、淡々と話し始めるんだよ。それで、一言目から、もうブッ刺さる。抑揚もなく、優しげな口調のまんまで、「それって、つまりこういうことですよね?」とか、「うーん、ちょっとした誤解かな、とは思ったんですけど」って、こっちが一番見られたくなかったとこに、ぐっさりくる。えぐるようにじゃなくて、針でちくっと刺すみたいに。いや、ちくっとじゃないな。じわじわ効いてくる毒針、だな。あとで効くやつ。しかもね、全部こっちの逃げ道、先に潰してくるんだよ。気付いたときには、言い訳の余地どころか、立ってる場所すら無くなってる。言葉にトゲはないのに、「あ、やばい……」って思ったときにはもう遅いんだ。「ごめんなさい」って言う前から、すでに何万字もの反省文書き終わってる気分になる。何が怖いって、こっちはただ詰められてるだけじゃなくて、「理解されてる」って実感があるんだなぁ、これまた。しかも、良くない意味で。あの感じ……、翼竜に睨まれたコルネイユ(カラス)? みたいな? そんな気持ちになるんだ。完全にフリーズだよ。動いたら食われる。ほんの一言で胃に穴開くし、気がついたら背中の羽が汗びっしょりだ。「なんでこんなに静かなのに怖いんだ……?」って頭抱えたくなる。下手に逆らったら、マジで空飛ぶ気にならん。一週間は巣から出られない。っていうか、自分の巣の場所すら見失う。そんなレベル。あれ食らった日にゃあ、もう夜空見上げて自己反省タイム突入だよ……。凹んじまって、浮上出来ない」

 肩の羽根を窄めて延々と語るその姿は、どこか本気で怖がっているように見えた。その横で、カリュストも無言のまま小さくうんうんと頷いている。

 それを聞いていたボンシャンが、ふと微笑みを深めた。


「……まるで、私のことを言っているみたいですね?」


 その一言に、場の空気がピリッと張り詰めた。

 ノクスが瞬時に羽根をぶるっと震わせ、目を見開く。

「ち、ちがうぞ!? いや、似てるけど! でも、お宅のオレリアンはもっとこう、こう……、あー……、うー……!」

 言い訳にならない言い訳を必死で並べながらノクスがそろりそろりとカリュストの背に隠れると、カリュストは息を呑んでから、「……ノクス、お前がそれほど慌てるのを、初めて見たかもしれない」と言って、堪えきれずに小さく吹き出した。

 と、同時に、ボンシャンが静かに笑いながらも、ほんの少しだけ目を細める。

「でも、カリュスト。今、うんうんと随分と真剣に頷いていましたね?」

 カリュストが、僅かに肩を震わせて素早く顔を逸らした。

「それと、背後のデュボア先生」ボンシャンは軽く視線を流し、さらに一言、さりげなく付け加える。「あなたも、ずっと静かに頷いておられましたね?」

「えっ?」と短く息を呑んだのは、ヴィクター・デュボアだった。

 集まる一同の視線に、落ち着こうとしているのか片手で胸を軽く叩きながら「あー、うー……」と誤魔化して笑うその姿が、どう見ても陽だまりのゴリラそのもので、喉の奥までせり上がってくる笑いを俺はなんとかして飲み込んだ。

「しかし、面白いですね。全く。うちの子と私と、どこまで通じているのやら。どうか、伝言をよろしくお願いしますよ。彼が拗ねたら、私でも対応に困りますから」

「はいっ! 任せてください」

 真剣な顔でそう言って頷くカリュストの隣で、ノクスもようやく落ち着きを取り戻し、小さくくちばしを鳴らした。


「……んじゃあ、とっとと伝えてくるよ。怒られない範囲で……」そう言いつつ羽根をばさりと広げたノクスだったが、その表情にはどこかしら悟りと諦めが混じっていた。「ま、どう言い繕っても、『呼ばれたのはカリュスト君だけなんですよね?』、『何故、ノクス君が一緒に行ったんでしょう?』、『ならば、どうして私も誘わなかったんですか?』って詰められるのは確定なんだけどな……。あーあ、胃が痛ぇ……」

 ノクスがそう言うと、二羽は息を合わせるように一礼し、窓際へと歩み出た。

「では、我々はひとまずこれで失礼します。……また後ほど、報告をお待ちしています」

 カリュストとノクスが軽やかに飛び立つと、室内には、少しの名残惜しさが滲む静けさだけが残された。


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