◆ 学院編 ストーン・ホルダー(中編)
「先に、こちらから確認させてください。君の主――ジャン・ピエール・カナード先生は、今どこにいらっしゃるのでしょう?」
「ジャンは、既に帰寮の途にあります」
カリュストは落ち着いた口調で応じた。
「それは好都合です」ボンシャンは頷き、視線をデュボアに向けた。「デュボア先生、ここはコルベール君の担当であるあなたから説明を」
「了解」
そう言って、デュボアは箱から取り出した瓶を掌に乗せ、二羽に見せた。
「……これは?」
カリュストの瞳が鋭く細まる。ノクスもその隣で身を乗り出すようにして瓶の中身を見つめている。
「『ペルル・ノワール』」デュボアは静かに言った。「先ほど、生成されたばかりの『奇石』だ」
「奇石!?」
二羽が同時に叫んだ。
ノクスが、珍しく息を飲むような声音で続ける。
「おいおい……まさか……、これ、そこの白いのの卵殻から……?」
ネージュが、わずかに胸を張り、羽を揺らす。
「ああ。そして、これを創り出したのは、そこに居るセレスタン・ギレヌ・コルベールだ」
デュボアの言葉に、ノクスとカリュストが一斉にこちらを見た。
その視線の圧を受けながら、俺――セレスタンは軽く手を挙げる。
ノクスが「へええ……」と声を漏らした。
──サロンや王宮の催しでは、護衛魔術騎士団に所属する伝書使たちの姿を目にすることは多々あるが、魔法学院教官付きの伝書使と、こうして真正面から向き合うことなど、王族でもない限り流石のコルベール家の者であっても日常では滅多にない。
魔法学院は機密事項に溢れた閉鎖空間だ。
要するに、俺たちにとっては、これが初めての対面ということになる。
一方、カリュストはペルル・ノワールへ視線を戻すと、凝視したまま静かに口を開いた。
「確かに、ジャンに報告すべき事案ですね。急ぎ、本人を呼び出しましょう」そう言って片眼鏡の奥で瞳を細め、首を一度振ると、ゆっくりと呪文を紡いだ。「フェルマ・ヴォカ、ジャン・ピエール・カナード宛て――ローズ・デヴォン。拡張呼出し、緊急」
その声に応じるように、彼の片眼鏡にはめ込まれた奇石が淡く脈打つ。そして、空中に羅針図が展開された。中心の紋様が細かく回転し、位置情報が更新されていく。
そして――、
《……どうした、カリュスト? もう直ぐそちらに着くところだが》
穏やかだが芯のある声。ジャン・ピエール・カナード本人からの応答だった。
「お疲れ様です。寮塔に到着後、至急、第一寮監室までお越しください。報告すべき案件が発生しました。……セレスタン・ギレヌ・コルベール氏による、奇石ペルル・ノワールの生成です」
《……何だと?》
カナードの声の底に、静かな驚愕と鋭い関心が滲んだ。と、同時に、通信に混じる一定の速度で流れていく外気を切る音――。
カナードの使い魔は風蛇で名前はザイロン。青竹色の鱗を持ち、目元を斜めに走る一条の紅い縁取りと、胴体の両脇にはコウモリを思わせる皮膜の羽を備えた異形の蛇だ。
怒れば鱗が音を立てて逆立ち、威圧的な気配を纏う。普段は、彼の喉元に巻かれたアスコットタイ――彼の装いの象徴でもあるそれ――に巧妙に擬態しているが、ひとたびその身を顕せば、主を背に乗せて風を裂き、羽音を立てずに空を駆ける。
今、まさにカナードはそのザイロンの背に騎乗し、上空を滑空しながら通信を行っている。声に混じる風の唸りが、その事実を物語っていた。
「詳細はのちほどお話いたします。すでにデュボア寮監、ボンシャン寮監、リシャール王子以下、関係者が揃っています」
《了解した。すぐに向かう》
カナードがそう応じ、カリュストが通信を切ろうとしたその瞬間、ボンシャンが静かに口を開いた。
「カナード先生――ひとつ、お願いがあります。デュボア先生の部屋へ来る前に、あなたの自室に立ち寄って頂いて、小型のペンダント型『ノルデュミールの籠』を二つお持ちください」
《……なるほど。封印処理の必要があるということですね》
「はい。宜しくお願い致します」
《承知いたしました。――カリュスト、じゃあ、またあとで》
「無事のご帰還、お待ちしています。では。フィネ」
その言葉と共に通信が途絶え、羅針図がふわりと霧散した。
御来訪、リアクション、おおきにです。
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
どうぞごゆるりとしていっておくれやす。
執筆は、よしの が担当、
原案, イラスト, キャラクターデザインは、 こひな が担当しています。




