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◆ 学院編 奇石の生成(後編)

 テンパったまま視線を泳がせると、リシャールもアルチュールもナタンも、三人そろって神妙な面持ちで俺を見守っていた。レオまでが冗談めいた笑みなど微塵も浮かべることなく、その真剣さがかえって胃に来る――。


「黒は、冥界そのものの色。生成者の魂が死の淵の境界に触れ、戻って来た――。でなければ、決して手にできない。いや、生み出せない」ボンシャンの言葉を継いだデュボアの声音もまた、重く低い。「その中でも伝書使(クーリエ)の卵殻に(あるじ)となる魔術師のサリトゥ(魔力体循環)から魔力を分け与えられ、生成された『ペルル・ノワール(ブラック・パール)』は、自然界に存在するものとは本質を異にする。最も特異な『奇石(きせき)』のひとつだと言っていい。セレスタン・ギレヌ・コルベール……。お前は事故で頭を打ったと聞いている。詳細は分からないが、もしかして、生死の境を越えた経験を持ったのではないか?」


 一瞬、心臓が跳ねた。

 明確に言い当てられたわけではない。


 デュボアもボンシャンも、誰一人として俺が『転生者』だという真実を知らない。知っているのは、ネージュだけ。


 あの日、トラックが自宅に突っ込んできた瞬間、甲高いブレーキ音が悲鳴のように響き渡り、耳をつんざく衝突音と共に、俺の魂は何かを突き破った。生と死の境目――その曖昧で、暗く、得体の知れない境界を越えて、気付けば俺はこの異世界にいた。


 だけどそれを、誰かに説明できるかといえば……、まず無理だろう。現実味なんてひとかけらもない。何より、自分ですらまだ、その出来事の全容を理解しきれていないのだから。


「セレスさまは、事故のあとに、一度、死亡診断を受けていらっしゃいます」

 そう口にしたのは、事情を知る存在、――ナタン。

 場の空気が凍りついた。誰もが息を呑み、沈黙が落ちる。

「そう……、らしいです。俺自身は記憶にありませんが……」

 口をついて出たのは、『死の向こう側から来た者』であることを曖昧に隠すための都合のいい言葉だった。

 それを聞いたアルチュールが、ゆっくりと視線を落とし、静かに言葉を落とす。

「……そうだったのか。セレスが無事で良かった」

 上辺の気遣いや、形式的な労りではなかった。その声音には、心からの安堵が混ざっていた。

 リシャールが、驚きを隠しきれないまま、目を見開いて言った。

「……そんなことが……」

 レオも眉をひそめ、小さく頷いた。

「無事でよかった……。本当に」

 言葉少なにそう漏らす声には、二人の率直な感情がにじんでいた。

「しかし……、こんな小さなネージュが、将来、冥界を飛べるようになるんですか?」

 俺の問いに、ボンシャンはゆっくりと頷いた。

「ええ。ただし、冥界は、本来、生者が足を踏み入れるべき場所ではありません。伝書使(クーリエ)もです。しかし、伝書使(クーリエ)の卵殻から生成されたペルル・ノワール(ブラック・パール)には、それを可能にする通路の性質があるなどと伝わっています」ボンシャンがわずかに目を細める。「私たちは、ただ生成に立ち会っただけにすぎません。君と、その白いコルネイユ(カラス)が成し遂げたこの成果は、記録として残すべきでしょう。だが同時に……、君たちを守らねばなりません」

 デュボアが無言で頷いた。


 ペルル・ノワール(ブラック・パール)がどれほど危うく、貴重な力を持つものか……。そのことを、彼らは理解している。


 ボンシャンが続けた。

「未知が多すぎます。……冥界への通路が、いつ、どこへ、どうしたら現れるのか、我々にも断言はできません。……ですからもしもの時、君と伝書使(クーリエ)を守る意味でも、まずはその奇石の力を使用者の管理下に置くべきです」

「使用者の管理下に置くとは?」

 俺は意味を確かめるように尋ねた。

「――ペンダント型のストーン・ホルダー、『ノルデュミールの籠』に入れるというのは?」

 思案の末に、デュボアが提案した。


挿絵(By みてみん)


 この世界における『ノルデュミールの籠(ストーン・ホルダー)』とは、本来は、特に脆い奇石(きせき)や、構造の不安定な魔力結晶を保護する目的で用いられる比較的汎用性の高い(多目的に使える)魔道具。

 衝撃や魔力の揺らぎから対象を隔離し、内部に一定の魔力環境を維持するための特殊な結界処理が施されている。

 用途に応じて形状・大きさともに多様であり、小型のペンダント型から腰掛け可能な壺型、さらには据え置き式の大型仕様に至るまで、その加工および調整の自由度が高い点も特徴とされる。


「良い案です、デュボア先生。このペルル・ノワール(ブラック・パール)に対しては、ノルデュミールの籠(ストーン・ホルダー)は本来の用途とは真逆……、破損を防ぐためではなく、力を制限し、秘匿し、暴走を抑えるために使う」

「しかし、一般的なホルダーでは駄目でしょう。()()()()()を施す必要がある。封印も、結界も、全てにおいて最上級の処置が必須」

「……通信と位置特定(羅針図)以外の力が、持ち主の意思に反して勝手に発動しないように」

「ならば、カナード先生の出番――」デュボアが静かに呟いた。「こんなことなら、はじめから呼んでおけば良かったな」


 ジャン・ピエール・カナード――。第二寮『レスポワール』の寮監。結界術と封印魔法の第一人者であり、特に制御系魔法の緻密さと精度は学内随一。その魔法構築は、王都の防衛術式にも採用されている。


「白い伝書使(クーリエ)が誕生したという件は、今朝、既に報告済みなんですが……」

 そう言ったボンシャンが、苦笑めいた息を吐いた。

「カナード先生は、ロクノール森林の外縁にある『第一研究塔の砦』付近で、綻びの見えた魔力防壁の補修作業に午後から出向いている。ここには俺の判断で呼ばなかった。ボンシャン先生がいるなら万全だと、カナード先生自身も言ってくれていたからな」

「すぐに呼び戻しましょう」

「お願いします」

 俺がそう言うと、ボンシャンとデュボアは短く頷き、二人がほぼ同時に胸元へ手を伸ばし、奇石(きせき)のネックレスを取り出した。


※ペンダント型のストーン・ホルダー、『ノルデュミールの籠』のイラストは、《こひな》が担当いたしました。

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