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◆ 学院編 帰還 -余談4-

 畳みかけるように否定するが、もう遅い。

「俺とセレスの子だ!」

 即座に、ルクレールが胸を張った。

「付き合ってるのは俺なんだから、セレスが産んだなら俺の子だろうっ!」

 アルチュールまで乗る。

「……おい、お前ら……」

 これ、フェンリルだって知ってるだろ。なにを、俺が産めるのが当然、みたいな顔で言ってるんだ……。

 ここは確かにBLの世界だが、オメガバースじゃねぇぞ!


 と、そのとき。


 少年型シオンが、静かに、しかし迷いなく指を伸ばした。

 その先にいたのは――、

 リシャール殿下。

「……え? ええっ!? 私とセレスの子供!?」

 なぜか、殿下の顔が、ぱあっと輝いた。

「素晴らしいじゃないか。城に迎えよう。プティ=フィス(現王)・ド・ル・ワンジェ(の孫)――として!」


 このフェンリルジジイ……。

 この中で、一番位が高くて、一番影響力のあるやつを、迷いなく選びやがった。


「こら、シオン!」

 俺は額を押さえ、低い声で言った。

「お前……殿下が学院で『フェンリル飼う』って言い出したら、誰も反対できなくなるって思ってるだろ? で、今のうちに気に入られようとしてるだろ?」


 少年型シオンは、ぴたりと動きを止めた。

 次いで、ほんのわずか、本当にわずかだが、視線を逸らす。


 ……はい、肯定。


「……え……? フェンリル?」

 遅れて、ジュールが戸惑った声を上げる。

「あ、これ、ちょっと小さいけど、フェンリルです」

 俺は即答した。

 そして、疑問を抱かせたままにする気はなく、すぐに続ける。

「シオン。元の姿に戻って」


 一瞬の逡巡。

 だが、仮契約中の身。シオンは素直に命令に従う。


 少年の輪郭が崩れ、光が収束したその場に現れたのは――雪の塊のような白い獣だった。

 厚い毛並み、力強い四肢、静かに揺れる尾。

 神獣フェンリル。

 圧倒的な存在感と、森の深奥(しんおう)を思わせる気配が、場の空気を一変させた。


「……フェンリル……」

「……ええーっ!?」

「……おおっ……」


 殿下、ナタン、御者のフラードの声が、綺麗に重なった。


「まさか……フェンリル……」

 ジュールが、息を呑んだ。



  ༺ ༒ ༻



 王都へ向かう馬車の中。

 グラスの中身すら波立たない車内で、俺は、今後、フェンリルを預かってもらおうと思っているジュールに、森で起きた出来事を簡単に説明した。


 シオンが魔力を大きく消耗していること。

 正式な契約ではなく、あくまで仮の同行であること。

 しばらくは学院とガルディアンの管理下で様子を見てもらいたいという判断。


 それらを聞き終え、ジュールは小さく頷いた。

「こちらで引き受けるのは、良い提案です」

 穏やかな口調でそう前置きし、続ける。

「表向きは、警備補助獣として登録できます。巡回や夜間警備に随行する、ガルディアン管轄の作業個体。そういう扱いなら、学院内でも過度に詮索されません。……出会った場所や、セレスが呼ばれたその経緯、光属性(リュミエール)のことを含めて、神獣だとは知られずに」

 そこで、ちらりと視線をずらし、ジュールは馬車の奥を見る。

「問題は……本人が、どこまで“犬”を演じ切れるか――だけど……」


 視界の隅では、その“問題の本人”が、床に転がり、無防備に腹を天井に向けてさらしていた。

 リシャール殿下が楽しそうに撫で、シオンは喉を鳴らし、尻尾までゆったりと揺らしている。

「……毛並みが、想像以上に滑らかですね」

 ペンとノートを手に、ナタンが感嘆を隠さずに呟いた。

「まさか、一生のうちにフェンリルに……、いや、出会えるだけでも奇跡だと思っていたのに、こうして触れられる日が来るとは」

 リシャール殿下は、撫でる手を止めることなく、どこか感慨深げに言う。

「ええ、まったくです」

 ナタンは即座に頷いた。

「ですから、これは非常に良い機会でして。体温、毛質、その他……記録できるものは、できる限り――」

「そうだ! 好きな食べ物とかも知りたいな。シオン。チーズはどうだ? 食べるかい?」

 リシャール殿下が、テーブルの上に置かれていた蓋付きのガラス容器を開け、中の小さなチーズの欠片を摘まんで、シオンの鼻先に持って行く。

 シオンは一瞬きょとんとしたあと、鼻先をひくりと動かし口を少し開き、

「ハッ、ハッ、ハッ」

 と短く息を弾ませた。

 直後――、

 ぶんっ。

 太い尻尾が、迷いなく勢いよく床を打つ。


 馬車の反対側では、ルクレールとアルチュールが、ダンサーを挟む形で腰を落ち着けていた。

 グラスの中で赤い液体が静かに揺れ、二人と一羽はそれを傾けながら、目の前の光景を肴にしている。


 神獣の威厳とは、一体どこへ行ったのか。

 そんな疑問が、頭の片隅をかすめる。


「……犬だ……」

 俺がしみじみとそう言うと、ジュールがどこか遠い目をしたまま頷いた。

「ええ……どう見ても犬だね。これなら、心配はいらなさそうだ」


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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