表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/224

◆ 学院編 帰還 -24-

 それは、俺たちの視線よりも高い位置にあった。

 形はあるのに、世界の座標と噛み合っていない存在。


 闇の中、四方から伸びる無数の“糸”のようなものに絡め取られ、ひとつの輪郭だけが宙に留め置かれていた。

 まるで、巨大な蜘蛛の巣だ。糸は光を孕んだ半透明の結晶質で、張力そのものが“凍って”形を保っているかのように見えた。

 その中心に、不均一で歪な楕円形がある。

 細い糸が無数に絡み合い、網のように編まれた殻は、ところどころ隙間を残しながら結晶の糸に支えられて浮かんでいる。


 まるで、スカシダワラと呼ばれる蛾の繭のよう――。

 完全に閉じてはいないその内部で、光の気配だけが、かすかに脈打っていた。重力からも、世界からも、切り離されている。


「……あれが、核か」

 ネージュが、低く呟いた。

 確かに、“中身”がいる。近づくにつれて、分かる。それは眠ってなどいない。

 意識は、はっきりとこちらを向いていた。

 俺は、()()を見上げたまま、声を投げる。

「俺たちを、ここに呼んだ招聘者は……あんたか?」

 問いかけると、結晶の奥で、微かな揺らぎが生じた。


 返答は、声ではなかった。直接、意識に触れてくる。

『そうだ。ようやく、辿り着いたか』

 落ち着いた、静かな響き。

 性別の輪郭は曖昧だが、どこか年を経た気配がある。

「待たせたか? 気乗りしない相手からの呼び出しには、少し遅れて行く主義なんだ」

『ははは……その言い分は、嫌いではない』

「で? あんたは誰なんだ?」

『私は……自分の真名を、言うことができない』

 その言葉に、ネージュが眉をひそめ、口を開く。

「忘れてる、って感じじゃねぇな。……言えない、か?「なら、質問を変えよう。なぜ、ここにいる?」

 結晶の内側で、光がわずかに強まる。


『龍脈の暴走……正確には、流れの反転と位相の噛み違いだ。小さな前触れはあった。だが、事態は一瞬だった』

 静かな語りとともに、光が脈打つ。

『その一帯の生き物が、裂けた境界に引きずり込まれた。私は、境界を渡れる存在だった。だが、渡りきる前に肉体と魂が切り離され、咄嗟のことで、身体は森の木の洞の中に結界を張って閉じ込め、完全に魂が冥界へ沈むその直前で……ここに残した』

「……魂だけ?」

『そうだ。この“籠”は、冥界の縁に即席で編んだもの。魂を留め、世界との接点を失わぬための、仮初の器』

「ここは……、冥界の一部でありながら、完全には沈んでいない……境界領域、か」

『その理解で、ほぼ正しい』

 一瞬の沈黙。

「……連れ帰ってほしい、ということか」

『そうだ』

 即答だった。

「どうやって?」と、ネージュ。

『冥界からの帰還には、条件がある。それは、名を呼ばれること』

 結晶の奥で、光がわずかに強くなる。


『――私の名を、呼んでほしい』


 沈黙が落ちた。

 ネージュが、ゆっくりと首を振る。

「悪いが……俺は、お前を知らない」

「俺もだ」

 一瞬、結晶の光が弱まった。

 だが、すぐに静かな声が返ってくる。


『いいや――お前たちは、知っている。解き放ってくれたなら、“お前の知りたいこと”を一つ、教えてやろう――伊丹トキヤ』


 心臓が、跳ねた。

「……あ、んた……何者だ?」驚きで、声が僅かに掠れる。「俺の、知りたいこと……?」

 俺の横で、ネージュが、はっきりと息を呑むのが分かった。

「知って……やがる」

 俺の頭の奥で、何かが、繋がり始めていた。

『お前は、この空間を辿って、異世界から来た』声は、淡々と続く。『私は、見ていた。ここからは……色々なものが、見える』

「……あの洞で触れた骨は、オオカミのようだった。心当たりが、ないわけではないが……」

 俺は、ゆっくりと続けた。

「だが、骨は……俺が想像する相手のものだと仮定したら……、小さすぎる」

 ネージュが、視線を上げる。

「……だがな。俺たち二人が知っている……、オオカミ系の者で、冥界に自分を留める“場所”を作れる生き物なんて……」

 胸の奥から、言葉が引き上げられる。


「……シオン」


 俺の口からその名が落ちた瞬間、繭の奥で、光が奔った。


イスファルド(凍てつく滝の)ルーメン()エテルニタス(永遠に続く)グラシエルム(氷結の)アウロラシオン(オーロラ)

 ネージュと俺、二人の声が重なる。


 四方から絡め取っていた結晶の糸が、音もなくほどけていく。

 一本ずつ、役目を終えたかのように、光へと還り、消えた。

 繭が、解き放たれる。

 現れたのは――白銀の、フェンリルの影。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ