◆ 学院編 奇石の生成(中編)
俺は低く、小さく、言葉を紡ぐ。
「……ヴィータ・リグナム」
すると、ベネンが布越しに淡く光った。直後、呼応するかのようにふわりと浮かび上がった卵殻の破片が、まるで命を吹き込まれたかのように、ひとつ、またひとつと瓶の中へと吸い込まれていく。
「コルベール君、魔力が強い。弱めて! 瓶が割れてしまいます!」
ボンシャンが両掌を小瓶に向け、ガラスの強度を上げながら宙を流れる俺の魔力を整えてくれている。
種類の異なる魔法を同時に操れる魔術師は、この王国でもごく僅か。十本の指で数えられるほどしか存在せず、その中でも実戦で使いこなせるレベルとなると、ほんの一握りだ。
その様子を見ていたリシャールたちも、わずかに表情を引き締めた。
箱の中で白い光が渦を巻き、淡い羽のような輝きが舞い上がる。
静寂の中で、カランと小さく音が鳴った。
「……成功だ」
ネージュを肩に乗せたレオが少しだけ口元を緩めて言った。
「やったな、セレス!」
「凄いな、セレスは」
「流石、セレスさま」
三人が小声で嬉しそうに盛り上がっているのを、デュボアとボンシャンが静かに見守っている。
「これが、俺とネージュを繋ぐ奇石……」
呟くようにそう言いながら、瓶の中をじっと見つめる。底できらりと輝くふたつの小さな珠――。どちらもまるで夜空を閉じ込めたかのような深い黒。
「これは……」
思わず声を漏らすと、すぐさまボンシャンが一歩前に進み、瓶をそっと覗き込んだ。
「――ペルル……?」
彼の微笑は静かに消え、代わりに目元に真剣な色が差す。
「まさか、本当に……」
デュボアが低く呟いたその瞬間、部屋の空気が一段階、冷たく張り詰めたように感じられた。
「何百年ぶり……、でしょう。いや、それすら確かなものではなかった。伝承の中にしか存在しないはず――」ボンシャンが瓶をそっと手に取り、じっと見つめた。「奇石は、その持ち主の命と深く結びついています。主が命を落とすと、奇石もまた役目を終えたかのように砕け散り、跡形もなく消える。まるで、魂の残響すらこの世に留めぬように――石自らがそう望んでいるかのように。だからこそ、遺されることはない。なので、見るのは私もはじめてです……。ペルル・ノワール、『死境の珠』とも呼ばれる特異な奇石。現世と冥界の境界に干渉する力を持つ……。死を越え、再びこの世に舞い戻った魂のしるし。……この珠を身につけた伝書使は、冥界にも行くことができると、古い記録にはあります」
ボンシャンが僅かに息を呑んだように見えた。
――なんで?
なにそれ聞いてない。
……いや、ほんとに聞いてない。
『ドメーヌ・ル・ワンジェ王国の薔薇 金の君と黒の騎士』は、何度も読み返した。けど――「ペルル・ノワール」なんて単語、一度だって出てきた覚えがない……!
それ、ドレッドヘアでやたらとアイラインが似合う色気だだ漏れラム酒大好きな某海賊船の船長の黒い愛艇の名前じゃなかったか?




