◆ 学院編 帰還 -23-
༺ ༒ ༻
闇だった。
黒が、ただ黒のまま、そこに在り続けている。
上下も、奥行きも色も、温度さえも抜け落ちた場所。
その中で、俺とネージュだけが、淡く浮かび上がっている。
だからといって、光源があるわけでもない。
リュミエールが関係しているのだろう――とは思うが……、本能的になんとなくだが、生きているという事実が、そのまま輪郭になって闇に滲んでいるような気もする。
「歩いているはずなのに……、足音も響かないし、地面を踏む感触も、空気を切る感覚も伝わってこないな」
俺がそう言うと、「おかしなことだが、進んでる、って感覚だけはあるんだよな……」とネージュは視線を落とし足元を見つめた。
胸元で、奇石が脈を打つ。静かに柔らかく、ただ「こちらだ」と告げるように。
闇は、ただ遮らず、絡め取らず、問いも投げかけない。
「今のところ、全くと言っていいほど敵意は感じねぇ……」
ネージュは、自らの光の輪郭を不思議そうな顔で指になぞらせながら言った。
「入って来た、いや、呼び寄せた俺たちを排除する気はないということだろうな」
それからゆっくりと息を吐いて、俺は続けた。
「やはり……、ここは冥界……なんだと思う。断言はしないけど」
この世界に来たときに通った、あの感覚。
空気なのか膜なのか、それとも別の何かなのか? はっきりとは分からない。
だが、肌に触れる目に見えない“層”が、今、確かにここにある。
「ああ。理屈ではなく、勘だけどこれは……。セレス、俺もここは冥界だと思う」
ネージュはそう前置きしてから、静かに続けた。
「ペルル・ノワールを生成したとき、寮監たちが言ってただろ。この奇石の黒は、冥界そのものの色だって。それと、ここに俺が、お前ぇさんと一緒に呼ばれたのは、偶然でも、ついででもない。ペルル・ノワールの核になったのは、俺が孵ったときの卵殻だったからじゃないかな……?」
「卵殻から生まれたペルル・ノワールには、“通路”としての性質がある――とも言っていたな。ここで弾かれないのは、ボンシャン寮監の言葉から導き出す答えとして、きっと、ネージュの存在が噛み合っているから……。例えるなら通行証、いや……鍵に近い役割かもしれない。だいぶ重要なポジションだと思うぞ」
「光栄だね」
ネージュは肩をすくめるようにして、小さく息を吐いた。
その横顔は、どこか月の精霊めいた現実離れした美しさを帯びていて、白い睫毛が闇に淡く縁取られるのを見た瞬間、不覚にもドキリと胸がさざめいた。
「しかし……妙だな。冥界だというのに、澱みもない。あからさまに言うなら“死の気配“がまるでない」
俺は、言葉を探しながら続ける。
「あるのは……停止?」
「ああ」
ネージュも、同意するように頷く。
「終わった、って感じでもないし……、なんだろう、この空間。途中で止められたまま、置き去りにされたような……」
その瞬間だった。
胸元の奇石が明滅し、熱を帯びる。
焼けるような熱さではなく、体温を少し上回るような確かな温度。
呼びかけに対して、返事が返ってきた。そんな感触だった。
「……この反応、正解だって……言われてる気がする」
ネージュのその言葉に、俺は、無意識に奇石へと視線を落とす。
「そろそろ、招聘者に近いんじゃないか?」
奇石が再び光る。
「ああ。ネージュ……」俺は、ゆっくりと隣に立つ相棒と視線を交わす。「どうやら、意思の疎通ができる距離まで来たらしい」
やがて、闇の質が変わる。
黒が、わずかに歪み、重みを帯びる。
視界の先に、何かを留め置く場所があった。
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