◆ 学院編 帰還 -22-
「光ってるな」ネージュは満足そうに頷く。「綺麗だ。これなら道に迷いようがねぇ」
「だが、もう一つ……、気がかりなことがある」
「ん?」
「もし、途中で俺たちが離れ離れになってしまったら……、ネージュは、魔法が使えない。それは、正直きつい」
この先、何が起こるか分からない。
俺一人が動けても、ネージュが最低限、自分の身を守れなかったら意味がない。
「なあ、唐突で悪いんだが……」俺は一度、言葉を切った。「ここで、俺からの『祝福の雫』を受けてくれないか?」
すぐに察したように、ネージュは目を細めた。
「眼帯騎士の病室から帰って来た日に言ってたやつだな。セレスの掌の魔法陣を俺の目に反映させる……」
「そうだ。ほんの一部だけだが、魔力回路を渡す」
「……分かった。今、ここでセレスの祝福を授けてくれ」
そう言って頷くと、ネージュは、いつもの少し不敵な笑みを浮かべた。
「了解」
俺は片膝をつく。
「いいか?」顔を上げる。「これは主従でも支配でもない。お前が“俺の相棒”であることを、世界に通すだけだ」
ネージュは少し照れたように笑い、それから彼も膝をついた。
俺は、掌をそっと目の前の真っ白い額へ添える。
「では、始める」
「ああ、頼む」
「パルタージュ・ド・フルー、ア・ネージュ――主より雫を、名を呼ばれし翼に、循環の輪を刻め」
奇石が、強く光った。
俺の中を巡る魔力の一部が、掌からネージュへと落ちていく。
「うおっ……!?」ネージュが目を見開く。「なんだこれ……身体の中に、流れ込んで――っ」
次の瞬間。
彼の赤い瞳の奥に、ごく小さな魔法陣が浮かび上がる。
左右、同時。
一度、深く瞬き――光が瞳孔の裏へと沈むように揺らいでから、そこに「在る」ものとして、静かに定着した。それは、ネージュの中で受け止められ、循環を始める。
俺は息を吐いた。
「それが、サリトゥ。低級……だけど、魔力を“扱える”状態だ」
「扱えるって……、なんか……、既に分かるぞ。どうやるか」
ネージュは自分の手を見下ろし、ぐっと握る。
「呪文は、教えなくても知ってるよな?」
「ファンサイトのホームページにセレスがまとめていた呪文は、全部……とは言わないが、ほぼ知っている」
口角を持ち上げてそう言ったネージュを見ながら、俺は思わず笑った。
「役に立てて嬉しいよ」
「……じゃあ、これでどうだろう?」一瞬だけ目を閉じ、それからネージュは、指先を立てる。「ルクス・ペル・アクアム」
水滴を使って反射させる小さな光が、足元に灯る。
……はず、だった。
「――っ!?」
間髪を容れず、俺とネージュの周囲で、水が立ち上がる。凄まじい勢いだ。
下から噴き上げた水流が、円を描くように連なり、柱となって取り囲む。
それぞれが淡く発光し、揺らぎながらも崩れない。
「間欠泉? 温泉でも掘り当てたのか、ネージュ……?」
光は水を透かし、反射し、重なり合い、俺たちの居る中心が一気に“舞台”へと変わった。
ライブ会場じゃねえか……。
照明が一斉に落ちて、主役が姿を現す、あの瞬間のやつ。
「……ちょ、ちょっと、待って」俺は立ち上がり、思わず上を見る。「ネージュ」
「ん?」
「これ、灯りだよな?」
「そうだぞ?」
悪びれもせず、ネージュも立ち上がって胸を張った。
水の柱は静かに脈打ち、魔力の流れを可視化するみたいに光を強めていく。
低級魔法の挙動じゃない。制御はできているのに、規模だけが桁違いだ。
「どう見ても、おかしいだろ……」
俺は額を押さえた。
原因は、分かっている。そうだ、分かっている。
これは、俺の魔力量だ……。
よく受け止めたな、こいつ。普通のコルネイユなら、回路が焼き切れてもおかしくない。
卵の頃から、俺の魔力に晒されて育った存在。
最初から、ネージュは例外だった……。
「『祝福の雫』? 雫だって言われて受け取ったのに、実際は小川どころか濁流だ。そりゃ、こうもなるわな……。俺、初めてセレスに魔力を流されて、殻の中で高速回転しそうになったことを思い出したわ……」
淡々とそう言ったネージュの正当な感想に、俺は小さく息を吐いた。
反論の余地が、まったくない。
「よしっ、成功だ!」俺は頷く。「これで、はぐれても即詰みは避けられるな」
もう、成功したことにしておこう。
胸元で光る奇石が、進むべき方向を示している。
「行こう、ネージュ。この先に、骨の中身がいる」
「強引に成功したことにしてねえか、セレス? まあ、ある意味、成功は成功か」
「今度から、魔法を使うときは手加減してくれ。頼む」
「善処する」
「あと、取り合えず、この水の柱、消してくれ。出られねぇ……」
「……セレス、消せるだろ?」
「ネージュの初魔法を俺の手で消したくないんだよっ」
「愛されてるね、俺」
ネージュは軽く息を整え、指先をくるりと返した。
「フィニス・ルクスアクアム」
言葉が落ちた途端、水の柱が静かにほどける。
砕け散ることもなく、光を失い、霧のように溶けて消えた。
そして、残ったのは足元に淡く散る氷光の粒だけ。
それを落としながら、俺たちは、空間を切り裂くように進み始めた。
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