◆ 学院編 帰還 -21-
「むぐんんん……」
「なんであのオオカミ――いや、オオカミなのかは分からないけど、その“骨”がそんなことを望む理由がどこにある!? “骨“の持ち主は腐女子か? 腐男子か? 腐の供給に飢える山奥の祠で忘れ去られた腐神様なのか? どっかから見てるのか? この空間は、MM号みたいな仕組みじゃないだろうな!?」
ネージュは楽しそうに目を瞬かせ、俺の手首にそっと触れて無理のない力で外した。
その仕草が、妙に丁寧で優しい。
「冗談に決まってるだろ! 俺、コルネイユだぞっ」
「今、人型だから、冗談にならない! 俺より背が高いし、ガタイはいいし、胸板は厚いし……、声だって、尾てい骨に響く。目茶苦茶、良い!」
「お、おおん……、人型になってたんだった。うっかりうっかり」
ネージュが眉尻を下げて小さく笑う。
「うっかりうっかり、じゃねえよぉ……」
「お前、コルネイユだそっ、人外ジャンルまっしぐらかよ! という突っ込みを期待していたら、本気でセレスが焦り出して、俺もちょっと焦った」
「ネージュ。お前、今、かなり高ランクの攻めだ。ビッチ受けキャラがお前を見たら、すぐさま服を脱いで全裸で横たわり、召し上がって下さいと懇願されるレベルだと言っても過言ではない。俺は元々攻めキャラだったからこと、そのお前の攻めオーラに耐えていられるだけだ。とにかく、そういうボケは控えてくれ」
「でも、お前ぇさんには、もうアルチュールっていう立派な婚約者がいるんだから、そんなこと本気で言うわけないだろう」
俺は肩を落とし、苦笑した。
「まったく……こんな状況で、よくそんな冗談が出てくるな」
「こういう時ほど、いつも通りでいないとな」
ネージュは穏やかにそう言って、俺を見る。
不思議と、そのバリトンボイスが、ざわついていた胸の奥を静めてくれた。
「さあ、セレス。そろそろ考えよう! 骨の中身が、何を望んでいるのか、だな」
ネージュの言葉に、俺は小さく息を吐いて頷くと、視線を巡らせて俺たちだけが淡く浮かび上がる空間を見渡した。
確かに、ここで立ち止まっていても何も始まらない。
「……しかし、理不尽だよな」
「ん?」
ネージュが首を傾げ、俺は肩をすくめる。
「普通さ。何かして欲しいなら、まず名乗って、頭を下げて、お願いするもんだろ」
「それは、そう。最低限の礼儀ってやつだ」
「それがだ。説明なし、ほぼ拉致監禁。あとは黙って見てます、って。……声も出せない切羽詰まった危機的な状況なのかな。だとしたら、気の毒ではあるが」
「セレス、優し過ぎ」
「いや、そんなに優しくないぞ。願いを叶えたら、何かしら見返りは欲しいよなー、とは思っている」
「奇遇だな。それは俺も思っている。未知の空間でこっちは何が起こっているのか、これから何が起こるのかも分からない状態だ。それなりの“報酬”がないと、割に合わねぇよなー、セレス。……あと――」
「ん?」
「……ま、骨の中身に俺たちの声が届いているかどうかは知らねぇけどな。もしもここで、俺の主に少しでも危険なことがあったら、元の世界に戻ったら、その骨、粉々にしてやる」
「ネージュ……凄いっ、スパダリ感、っぱねぇ……。俺もネージュに少しでも危険なことがあったら、あの骨、分子レベルで砕いて、跡形もなく処分してやる」
「愛してるよ、セレス」
「俺もだよ。愛してるよ、ネージュ。アルチュールとは、また別の意味でだけど」
その瞬間だった。
ペンダントの奇石が、かすかに熱を帯びる。
「……来たな」
俺は反射的に胸元を押さえた。奇石が、内側から熱を帯びるように、ゆっくりと脈を打ち始めている。
鼓動とは別のリズム。淡い光が布越しにも滲み、まるで“応え”が返ってきたかのようだった。
「こっちもだ」
熱と振動を伴いながら、わずかに、しかし確かに、向くべき方向を感覚の奥へと流し込んでくる。
息を潜め、周囲を探る。
このタイミングだ。偶然じゃない。
少なくとも、俺たちのやり取りは、あちらに届いているらしい。
「奇石を媒体、にしているのか……」俺は呟く。「骨に触れたのが引き金でここに繋がって、今度はペルル・ノワールを案内役にして、俺たちをどこかに呼び寄せるつもり……なのかな?」
「多分。……じっとしてても、らちが明かねぇってわけだな」
ネージュは片方の赤い瞳を細くして肩をすくめた。
「つまり、探索するしかない、と」
「だな」
俺は一歩、光の示す方へ踏み出しかけ、しかし、すぐに足を止めた。
「……待って、ネージュ。その前に」
振り返り、背後の扉を見る。
荘厳な浮彫を刻んだ、あの“入り口”だ。
「ここに戻れなくなるのは、さすがに困る」俺は掌を開いた。「でも、目印くらいは残したい。帰還点だ」
「あー、あれだ! 迷子にならないように道しるべとして落としていくヘンゼルとグレーテルのパンくず、ミエット・ドゥ・パン!」
「やめてくれ」
即座に返す。
「それ、鳥に食われて消えるやつだ。二度と戻れなくなるフラグ」
「俺、パンくず食わねぇぞっ! 俺の最近のお気に入りは、料理長のヨアヒムが焼くラム酒びったびたのラムケーキだからなっ」
少し考えて、俺は苦笑した。
「でも、パンくずは、発想としては悪くない。痕跡を残そう」
俺は掌を開き、ベネンに微かに魔力を集める。体表、正確には身体を覆う魔力の外郭から、溶けない氷の粒子が静かにこぼれ落ちた。
「ヴェスティギウム・ルクス――光の痕跡」
氷晶の粒子が、輝きながら足元に散っていく。
進むたびに、微かな光が道標のように残されていった。
ネージュが目を細める。
「ほう……つまり、光のミエット・ドゥ・パンってわけだな」
「そういうこと」
俺は肩をすくめた。
「これなら、食われもしないし、消えもしない」
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