◆ 学院編 帰還 -20-
掌を広げ、人ひとりが、頭から足先まで余裕をもって映る大きさを思い描きながら、水属性の魔力を薄く、均一に流す。
揺らぎを抑え、歪みを整え、表面張力だけを残すように。
「リムネ・スペキュルム――静水の鏡」
呪文とともに、空中に一枚の水面が生まれた。波一つ立たない、淡い光を含んだ水の大鏡。
周囲の空間を映し取りながら、ゆっくりとネージュの前へ差し出す。
「ほら。鏡代わりだ」
「……?」
訝しげに近づき、ネージュは水面を覗き込む。
次の瞬間。
「うおっ……!」
思わず一歩引いた。
「……こっ、これは……」
言葉を失い、水面に映る自分の姿を、角度を変えて何度も確かめる。
赤い瞳が瞬き、純白の長い睫毛が伏せられ、耳の後ろの羽毛がぴくんぴくんと揺れる。これが、中々、可愛らしい。
「……いや、待って!」眉をひそめたネージュが、首を傾げた。「……なんか、セレスに似てないか?」
「……あ」
俺は、そこで初めて気づいた。
輪郭の線。
唇の形。
表情が緩んだときの、あでやかさ。
「言われてみたら……」俺は小さく息を吐いた。「確かに、セレスタンに似てる」
完全に同じではないが、同じ系譜の色をしている。
「だろ?」
ネージュは少し照れたように、しかしどこか嬉しそうに口角を上げた。
それから、俺の顔と人型の自分を見比べるように、じっと視線を巡らせる。
「目元は……、トキヤだな」
「そ……、そうか?」
「うん。シュッとしてる。割合的には、セレスか八割、トキヤが二割ってとこかな」
ぽつりと、独り言みたいに言ってから、ネージュは続けた。
「セレスが魔力を流して孵してくれたんだ。性格も腐趣味も他も、多少似るのは当然かもしれねぇけど……それにしても、俺たち兄弟みたいじゃね? なあ」
「……そうだな」
俺も、思わず笑った。
まるで、別の世界線で枝分かれした兄弟のような。そんな印象。
水の鏡に映る二人分の光が、かすかに揺れる。
それを見て、ふと、口が先に動いた。
「でも、ネージュは俺のことをいつも心配してるから、やっぱり兄弟じゃなくて、ネージュ・パパだ」
「それは、セレスが、ちょっと目を放すと無茶するから心配しているんであって、俺は別に父性にあふれているわけじゃねぇぞ」
「そのへんは、謝るよ」
俺は肩をすくめた。
「だったら、少しは気を付けてくれ。――で?」
ネージュは顎に手をやり、少し考えるように目を伏せてからこちらを見た。
「……今回のこの状況も。俺の問題じゃなくて、セレス側の事案だよな? 何やったんだ?」
「うん、そうだな」
俺は即答してから、少しだけ言葉に詰まりつつ続ける。
「……何を……、やったかって聞かれると。……骨、触りました」
「ほ、骨?」
ネージュが片眉を上げる。
俺は一度、息を整えた。
それから、シルエット家での滞在のこと、彩尾鳥……ダンサーとの出会い、空き地での昼食、ふざけ半分の手合わせと笑い声、そして、あの瞬間までを、途切れない一本の線として語った。
ダンサーや、ノアール、イオンデーラが異様な反応を示したこと。
森の奥、木の洞に残されていた不自然な骨。
風化していない骸、そして――、
肋の奥で、確かに脈打った“何か”。
最後に、そっと頭骨へ触れた、その瞬間。
「……そしたら、ここだ」
背後の扉と空間を見回し、肩をすくめる。
ネージュは、黙って聞いていた。
途中で口を挟むこともなく、ただ赤い瞳を細め、ときおり小さく頷くだけだった。
やがて、ぽつりと呟く。
「そのバラの部屋で盛り上がった結果、抱き潰された件に関しては、また後日、ゆっくりじっくりねっとりと話を聞かせてもらうとして……」
おい……。
「ダンサー? 彩尾鳥? 俺というものがありながら、セレスは新しい鳥を迎えるのか!?」
「迎えてない!」即座に突っ込む。「あと、そこじゃない! 食いつくとこ、完全にそこじゃないから!」
「求愛されたんだろ!?」
「されたっていうか! 俺はちゃんと、うちにはネージュがいるから飼えませんって言った! ルクレールが連れて帰るって、折れたんだよ! この羽は、ルクレールも貰ってたぞ!」
俺は髪紐の結び目に、羽柄の部分がきれいに差し込まれている彩尾鳥の風切羽を指さした。
「セレスの浮気者ー!!」
「浮気、してねぇー!」
距離が、やたら近い。
とてつもなく整った顔が、感情を乗せて迫ってくるのは、正直、心臓に悪い。
「……ちょっと、ネージュ、離れてくれ」俺は思わず手で制した。「近い。ドキドキする。尊い。情緒が追いつかない」
「俺だって、セレスが尊いぞ!」即返ってきた。「尊過ぎて、日々、ぐふぅってなってるからな!」
思わず笑ってしまう。ここが訳の分からない異界だということを、一瞬、忘れるくらいには。
不思議と、不安は薄れていた。
ネージュが隣にいるだけで、まるでいつもの日常の延長みたいだ。
「で」
ネージュは、冗談を切り上げるように声を落とした。
「その骨が、俺たちをここに飛ばした。そう考えて、間違いはなさそうだな」
「ああ」
俺も頷く。
「触れた瞬間だった。奇石も反応したし」
「となると……」
ネージュは周囲を見渡し、扉の方向に視線をやる。
「ここから出る条件も、その骨――いや、その中身に関係してる可能性が高い」
「だよな」俺はため息をつく。「でもさ、どうやって出るか、だよ」
「……まさか、セック――」
言いかけたネージュの口を、俺は反射的に両手で塞いだ。
「やめろ!!」
「むぐっ……!」
「アレしなきゃ出られない部屋なわけ、ねぇだろーが!!」
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