◆ 学院編 帰還 -19-
彼は言葉を失ったまま肩を強張らせ、俯いて自分の両掌を凝視し続けている。
「羽が……、羽が……」
混乱と驚愕が、そのまま声になって溢れていた。
俺は、呆然とその様子を見ながら、胸の奥に浮かび上がる感覚を否定できずにいた。
なんだ、この感じ。この喋り方。この慌てっぷり。この、どこかズレた、オッサン的なリアクション。
……知ってる。
既視感が、じわじわと輪郭を持ちはじめていた。
「なあ」
確かめるように、俺は声を掛けた。
「……へ?」
「ちょっと待って、の続きを言ってみてくれ」
「え――無理、しんどい……」
「攻める、の反対は?」
「受ける、に決まってるだろう」
「誘い?」
「受け」
「年下?」
「攻め」
「オヤジ?」
「受け」
「ヘタレ?」
「攻め」
「ナマモノを英語で?」
「リアル・パーソン・スラッシュ」
「アルファベット三つで表して」
「RPS」
胸の奥で、最後の輪郭が、かちりと嵌まった。
はい。ネージュだ。
俺は深く、深く息を吸ってから、ゆっくり吐いた。
「お前……」指差す。「ここに来る直前まで、剣士劇ごっこやってただろ」
「ん? 記憶、戻ったのか? ……というか、なんで分かったんだ、セレス? 天才かよ!? 」
目を丸くしてから、ネージュはあっさり認めた。
「俺は、ついさっきまでお調子者の岡っ引き役、北町の隠密、虎屋の八五郎をやっていたんだ」
いや、誰だよ。それ。
北町の隠密、虎屋の八五郎って、名前も屋号も全部盛りじゃないか。
ただの剣士劇ごっこに、そこまで本気出すやつがあるか。
「一人称は、アッシ、語尾は、やんす、だ。屋号の虎屋とは甘味処の店名、表向きはそこの息子で岡っ引き、裏じゃ情報屋も兼ねているって設定で――」
俺は額を押さえる。
「設定が深すぎる。某アニメ某ちゃんの発した台詞『この川、深い』レベルだ」
「でもセレス、俺は、本当は北町奉行をやりたかったんだ。桜の形に切ったピンク色の紙を羽の裏側に付けてさ、えいえいえぇーいっ、この桜吹雪が目に入らねぇのかっ! 見覚えがねぇとは言わせねぇぞ! ってやつを」
「……」
「それが、どうしてもマルスが、お奉行をやりたいって言ってきかなくて仕方なく岡っ引きになったんだが、そしたらレオが十手に巻く綺麗な紫の紐を探して来て、小さな房飾りまできっちり作ってくれてさー、やっぱり十手は紫だよなー。ということで、岡っ引きをやってた」
……楽しそうで何よりだ。
それにしても、本当にいつもありがとう、レオ。ちなみに、手作りのサシャを貰った時から、うすうす感づいてはいたよ、“手芸男子“だってことを。
心の中でそう呟きながら、俺は苦笑する。
この非常事態でさえなければ、茶でも淹れて、もっと詳しく話を聞いてやりたいくらいだ。
「しかし、確かに……、肩や机にも乗らず、ただ立っているだけでお前ぇさんと視線の高さがバッチリ合うのはやっぱりおかしいよな。気付けば、いきなり見たことも来たこともない場所に居て、テンパっちまって色々と妙なことを見逃してたわ」
改めて目の前の男を見る。いや、“男”というより、“ネージュ”を――。
人の姿を取っていても、纏う気配は何ひとつ変わっていない。
ああ、間違いない。
言動の端々から滲み出る、どうしようもない残念なオッサン臭。
姿だけが、あまりにも完璧に出来すぎているだけで、中身は見慣れたいつものままのネージュだった。
ふと、俺の視線が彼の胸元で止まる。
……やっぱり。
白い胸に、揺れているのは、奇石のペンダント。
俺のものと、同じ形。同じ輝き。
さらに足元。
裸足の足首には、俺が贈った足輪があった。
買った時は、小さな輪っかだったはずなのに、今の身体に合わせて、歪みも窮屈さもなく、まるで最初からそう作られていたかのように、過不足なく収まっている。
「うん……」俺は小さく頷いた。「ネージュだ」
「なにが起こっているのか分からないが、俺は俺だぞ」
なぜか胸を張る。
……で。
問題は、そこから。
俺は二、三歩下がり、少し距離を取ってから、改めて彼の全身を眺めた。
白だ。とにかく白い。羽毛の質感、流れる艶やかな髪、透けるような肌。
人の形をしているのに、現実味が薄い。
造形が整いすぎていて、むしろ“不自然なほど自然”だ。
……なんだこれ。美しすぎる。
きれい、という言葉では足りない。
神話画の中から抜け出してきた、って言われた方がまだ納得できる気がする。しかも、赤い瞳がこちらを見て瞬くたび、無自覚に破壊力がある。
俺は胸に手を当てた。存在そのものが供給過多。無理、しんどい。震える。
「……お前さ……、人型になると、こんなに……その……」
しばし、言葉を探す。
探して、諦めた。
「“推し“として、ドストライク過ぎるんだが」
「……ん?」
ネージュは意味が分からないという顔で首を傾げた。
「元々、俺はセレスの“推しを形にした相棒”だぞ?」
「そうだったな」
呆れと安心が入り混じったまま、俺は笑った。
「……だとしても……」ネージュは少し眉を寄せ、居心地が悪そうに視線を泳がせた。「そんなに褒められるほどの姿なのか? 正直、よく分からん。自分じゃ自分の顔、見えないしな」
「だろうな」俺は苦笑して、手を上げる。「ちょっと待ってて、ネージュ」
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人型になったネージュですが、ちなみに、“乳首“はありません。
哺乳類ではないので……。




