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◆ 学院編 帰還 -16-

 ノアールの疾走は速い。だが無闇に突っ込むことはなく、一定の距離を保ちながら森の奥へと俺たちを導く。

 枝を避け、根を跳び越え、迷いなく進むその背中は、まるで道標そのもの。

 そして、

 ――見えた。

 緑の影が、不自然に揺れている。倒木の陰、絡み合う下草の向こう。

 古い大木の幹に穿たれた洞の前で、ダンサーが低い姿勢のまま、身をすくめていた。

「いた!」アルチュールが声を上げた瞬間、羽がばさりと動いた。「エル!」

「ダンサー!」

 呼びかけに、ダンサーは、はっと顔を上げたと思ったら、すぐさま躊躇いなく俺に向かって駆け寄ってくる。

 必死なのにどこか不器用で、こんな状況だというのに、可愛い、なんて思ってしまった。

 すぐに打ち消す。笑っていい場面じゃない。

 ダンサーは羽を畳んだまま、俺の前で急停止した。そして、鳴き声をあげるよりも先に行動だった。

 俺のズボンの膝あたりを嘴で掴み、今度は羽を大きく広げて、ぐい、と強く引く。

 引いては、嘴を放し振り返り、また引いて、さきほどまで身を潜めていた木の洞の奥を、短く、鋭く指し示した。

 必死で、焦っている。


「……どうした? シュールとナタンの顔が魔獣に変わったり無くなったり、怖いものを見せて悪かったな。驚かせるつもりはなかったんだ。でも……怖かったよな」

 ダンサーは一瞬、きょとんとしたように瞬きをし、それから、ゆっくりと首を振った。


 否定……、ではなさそうだ。

 なにやら、今は、それどころじゃないらしい……?


「そこに留まって戻って来なかったのは、何かあったのか?」

 問いかけると、ダンサーは答えの代わりに、さらに引っ張る力を込めた。

 その時、ノアールが、すっと身構えた。

 ダンサーが身を潜めていた辺りへ鼻先を向け、「グルル……」と、低く警戒の唸りを発した。だが、それはほんの一瞬。

 次にノアールは伏せの姿勢を取る。尾は地面に沿わせ、耳は後ろへ倒されている。

 視線だけが決して逸らされない。


 それは、逆らうべきではない相手を前にした、静かな――、

「服従の姿勢? どういうことだ……?」アルチュールが低く問う。「……何か、いるのか?」

 ルクレールが、前へ出た。足取りは慎重。

 俺も、ダンサーに導かれるまま、その後に続く。

 ルクレールは、ダンサーが身を潜めていた場所で膝をつくと、下草をかき分け、洞の縁へと手を伸ばす。

 直後、彼の指先が、ぴたりと止まる。

「……妙だな」

 低く呟き、視線を洞の入り口全体へ走らせる。

 何も見えない。だが、空気が、わずかに歪んでいることが、俺にも分かった。

 風の流れが、そこだけ不自然に途切れている。

「どういうことだ……」

 ルクレールの声が、わずかに硬くなる。

 彼は指先を宙に走らせ、何もないはずの空間をなぞった。

「……ついさっきまで、ここに結界があった」

 聞いていたアルチュールが息を詰めた。

「結界……?」

「ああ。今は消えているが、残滓がある。新しい……ほんの直前まで維持されていた形跡だ」


 誰が?

 何のために?


 答えが出るより早く、ルクレールは慎重に洞の奥へと視線を送った。

 絡み合う根と影の向こう――湿った土の匂いに、かすかに混じる乾いた気配。


 白いものが、あった。


「……骨?」


 思わず漏れた俺の声に、ダンサーが、こくりと頷く。

 羽をすぼめたまま、洞の前から動かない。

 胸の奥に、嫌な予感が広がる。

 俺は視線を外さぬまま、低く問いかけた。

「……これは、魔獣のものか?」

 ダンサーは、ゆっくりと首を横に振った。

 その仕草に、わずかに肩の力が抜けた途端、背後から気配が近づく。

 ノアールだった。

 足元まで来ると、彼は俺を安心させるように、ぐい、と鼻先を擦り付けてくる。

 その温もりに、息を整える。

 どうやら、俺たちが警戒すべき存在のものではなさそうだ。


 ルクレールは、掌を上にして、低く、澄んだ声で呪文を紡ぐ。

「ルクス・イグニス――炎の灯り」

 淡い橙色の火球が生まれ、ふわりと宙に浮かび、洞の中へと静かに滑り込んでいく。

 抑えられた熱が、闇だけを押し退け、内部を柔らかく照らし出した。

 その明かりに導かれ、ようやく全体が見えた。


 洞の奥にあるその骨は、犬――?


「狼に近い骨格だ。頭骨の線が直線的で犬より四肢が長い。特に前腕が、やけに細く伸びている」

 アルチュールが言った。

 胴体の一部が土と落ち葉に埋もれ、肢骨(しこつ)は不自然な角度で横たわっている。

「成獣……、にしては小さいな」

「時間が経っているはずなのに、風化が進んでいないようだ」ルクレールが続ける。「……おかしい」

 冷静な声だが、その目は鋭く細められていた。


 そのときだった。


 葉の影になっていた肋骨の奥、本来なら、空洞であるはずの場所で。


 どくり。


 確かに、何かが脈打った。

 間違えようがない。生き物の鼓動に似た、微かな動き。

 俺たちは、同時に息を呑んだ。

 森の音が、遠のく。風も、虫の羽音も、すべてが一瞬、止まったように感じられた。


 ――これは、ただの(むくろ)ではない。



お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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