◆ 学院編 帰還 -15-
次の瞬間。
ジュールの顔だけが、ストンボアになった。
「……すごっ」
俺は思わず息をのみ、声を漏らした。
やけに完成度が高い。なぜか微妙に誇らしげで、得意げですらある。
絶対、内心ちょっと楽しんでるだろ?
「ええっ?」
リシャールは状況を理解する前に思考が停止し、
「はははははははっ!」
ルクレールは腹を抱えて豪快に笑い出す。
胴体は人間、動きも完璧に人間なのに、顔だけがあの魔獣。
そして、ダンサーが、ぴたり、と固まった。
羽を半分広げたまま、目を見開いている。
「こらっ、ルクレール! 余興じゃないんだから!」
俺が咎めていると、「ずるいじゃないですかっ!」と、何故かナタンが抗議の声を上げた。
「そんな面白いことされれば、きちんと動けません! ……では、私もっ」
そう言って、ナタンは一瞬も躊躇せず光学的迷彩を展開する。
「ミラージュ・フィルトル――光路攪乱」
空気が歪み、ナタンの首から上が、すっぱり視界から消え見えなくなった。
一瞬、理解が追いつかない。
スリーピー・ホロウ、首なし騎士……。
「ちょっ、やめろっ、絵面が最悪だ!」
俺が叫ぶ間に、
「はははははっ、なんだこれは!」
ルクレールは完全にツボに入っている。
だが、笑っていられたのはそこまでだった。
その直後。
「キュルキュルキュルーーーーー!」
絹を裂くような甲高い悲鳴を上げ、ダンサーが恐怖に駆られたように森の方へ一目散に駆け出した。
アルチュールが即座に叫ぶ。
「あっ、エル!」
次の瞬間、全員が一斉に動き出す。
「追うぞ!」
アルチュールが走り出し、
「セレス、行くぞ」
ルクレールが振り返って指示を飛ばす。
「ジュール! ナタンとフラード、それから殿下をここに残せ!」
「了解!」
「俺が居ない間、殿下とみんなを頼む!」
その声に、ジュールは一瞬も迷わず背筋を伸ばした。右拳を胸に当て、踵を揃える。
動きは正確で、無駄がなく、まぎれもなく騎士の礼。
「命に代えても!」
低く、力のこもった返答。
その覚悟に、一点の揺らぎもない。
しかし……、顔は、相変わらずストンボアのままだった。
༺ ༒ ༻
枝が頬をかすめ、湿った葉の匂いが鼻を突いた。
森の中は、思っていたよりも深い。光は頭上で砕け、足元まで届かない。
視界の端で、葉と影が溶け合い、境界を失っている。
緑を基調とした羽を持つダンサーを探すには、あまりに相性が悪い場所だ。
森そのものが、彼を匿っている。
アルチュールが先頭を行く。踏み込みは静かで、ためらいがない。
さすが、辺境の野生児。
その半歩後ろをルクレールが追い、俺は背後へ意識を張りつめさせたまま進んでいた。
「……ちっ、保護色か」
ルクレールが低く舌打ちし、指先を払った。
「ヴァント・ラッサンブレ――索音」
風が生まれ、円を描いて森を撫でた。葉擦れが一斉に立ち上がり、木々がざわめき出す。
音は集められ、重なり合い、空気に満ちる。
それでも。
肝心の羽音だけが、そこにない。
青葉の濃淡の奥へ、完全に溶け込まれている。
アルチュールが、わずかに歩みを緩めた。
耳へ意識を集中させ、静かに息を落とす。
「……ヴォワレゾ」
重なり合った音の層が、剥がされていく。
風、葉、土、枝、その隙間から、かすかに乱れた呼吸が浮かび上がった。
「……それほど遠くには行っていない」
そう呟いて、アルチュールは左手首のバングルへ視線を落とす。
親指で縁をなぞり、呼吸をひとつ整えた。
「来い、ノアール」
次の瞬間、足元の影が脈打ち、音もなく膨らむ。
闇から切り出されたように、オオカミ犬ノアールが姿を現した。
夜色の毛並み。鋭い瞳が森を射抜く。
「――」
直ぐに、ノアールは声を発さず鼻先を地面へと落とした。
落ち葉を踏み、土の匂いを拾い、ゆっくりと辿るように歩いていく。
その動きが、ふと止まる。
次いで顔を上げ、森の奥をまっすぐに見据えた。
「……知ってる匂い、……エルか?」
アルチュールが小さく呟く。
ノアールの喉が鳴った。その直後、弾けるように駆け出す。
「行くぞ」
ルクレールが短く言い、アルチュールはもう走り出している。
俺も遅れまいと地を蹴った。
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