◆ 学院編 帰還 -14-
……うん。
許容範囲だ。
がっしりとした体躯のばかデカい赤い豹。
年若く、鋭さと素直さが同居した黒い狼。
並べただけで、もう絵になる。
捕食者同士なのに、力関係と気配のコントラストがはっきりしていて、目が離せない。
獣人設定でも、普通に成立するな、これ。というか、むしろ映える。
思わずもう一度、心の中でシャッターを切った。うん。保存。永久保存。
と、思っていたら。
「セレス、どうしてそんなところに?」
不意にかけられた声に、びくっと肩が跳ねた。
「え、ええと……」言い訳を探して視線を泳がせ、結局、正直に言った。「なんとなく……お邪魔かな、と思って」
「なんでだよ」
即座に突っ込んできたのは、ルクレールだ。
ワインを片手に、呆れたように眉を上げている。
「いや、その……」
俺は一度、言葉を切ってから、少しだけ肩をすくめた。
「俺の知らない間に、アルチュールがルクレールとこんなに仲良くなってたんだなって思ったら……ちょっとだけ、嫉妬、したっていうか……」
そう言いながら、そっと元の場所へ戻り、アルチュールの横に腰を下ろす。
……うん。
これは事実だ。誇張でも、冗談でもない。
自分でも意外なほど、素直な感情だった。
一瞬、きょとんとした顔をしたアルチュールは、すぐにふっと笑った。
次の瞬間、腕を伸ばして俺の頭を引き寄せる。
「セレス、可愛いな」
抗議する間もなく、額を胸元に軽く押し当てられる。
安心するような、でも少し恥ずかしい距離感。
「おい」
ルクレールが、額に血管を浮かせてわざとらしく咳払いをした。
「今度、俺の前でいちゃ付きやがったら、手加減しねーぞ」
「望むところだ」
アルチュールが平然とした顔で即座に返すと、ルクレールは肩をすくめて苦笑した。
そのとき。
「……始まるぞ」
低く落ち着いた声で告げたのは、リシャールだった。
視線の先では、空き地の中央で、ナタンとジュールが向かい合い、間合いを測っている。
空気が、ふっと切り替わる。
俺はアルチュールの腕から抜け出し、視線をナタンへ戻した。
「……おや?」
ルクレールが、わずかに眉を上げた。
始まった瞬間、分かった。
ナタン、思っていた以上に動ける。
蹴りは直線的だが無駄がなく、踏み込みも鋭い。サバットの型を学んだ様子はないが、学院の戦闘基礎――組討と打撃を混ぜた実戦訓練で、ショソン・マルセイエーズが得意だったのを思い出す。
身体の使い方が、ちゃんと戦う前提でできている。
「へえ……」
俺が感心していると、リシャールが声の調子も視線の角度も変えず、一本の表情筋を動かすこともなく何でもないことのように言った。
「ナタンはね、いつセレスに鞭で打たれても、長時間縛られて猿轡をかまされ踏まれても蹴られても、常に最高の興奮状態を維持出来るように、鍛えているそうだよ」
「………………」
知りたくなかった。
本当に、知りたくなかったそんな情報。
「……最近、シャーはナタンと二人で居るとき、一体、何を話してるんですか?」
「うん。何を話している……か……。そうだね。うん。最初は、私も思ったんだ。この男は何を言っているんだろうって……」
リシャールは落ち着いた声で、妙に丁寧に頷いた。
「でもある日、こう言われてね。――さあ、目を閉じて想像してみてください、と。セレスさまが、感情を一切表に出さず、作り物みたいに整った顔のまま、あの美しい瞳で、あの感情を削ぎ落としたみたいな冷ややかな視線で、上から見下ろしてくる場面を」
そこで一度、間を置く。
「実際、目を閉じて想像してみたら……こう、へその下あたりに熱い塊が生まれ、ぐっとクるものがあった。なるほど、と思ったよ。美貌の圧か。深いな……。これは確かに、覚悟が要るなって」
……なんの布教されてるんだよ、なんの覚悟だよ、王太子殿下!?
よりにもよって、そこに「なるほど」とか言って納得しないでほしい。っていうか、ドM増やしてどうするつもりだ、ナタン。
これ、王子だぞ? 第一王位継承権持ちの正真正銘、王太子だぞ? この国の将来とか、統治とか、こう……、お前、天才なんだから、もう少し別の方向で鍛えてあげて!?
「……本当に、本当に新しい扉を開かないで下さいよ、シャー……」
俺が視線を逸らしている間にも、ナタンはジュールの動きをよく見て対応していた。
速さでは及ばないが、間合いの取り方が堅実で、簡単には崩れない。
その様子を眺めていたルクレールが、ワインを一口含んでから、楽しそうに言い放った。
「ジュール、ちょうどいい! 身体強化を維持したまま、認識阻害魔法を展開!」
……嫌な予感しかしない。
「ストンボアに化け、そのまま続行!」
「なんなんですか、それっ!」
ナタンの蹴りを腕で受け止めながら、ジュールが叫ぶ。
「嫌ですよ! なんでそんなにストンボアに化けさせるんですかっ!」
「訓練だ!」
「うわぁ……横暴すぎません?」
ジュールは一瞬、天を仰ぎ、肩を落とす。それから、ぶつぶつ文句を言いながらも、一歩引いた。
「……ああもうっ、せっかくキメてたのに……!」
そう言って、短い呪文を唱える。
「ヴェール・ドゥ・ファーブル――寓話のヴェール、展開!」
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