◆ 学院編 奇石の生成(前編)
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その日、授業と夕食を終えたあと、俺とネージュ、そしてレオは、再び『サヴォワール寮』の寮監、ヴィクター・デュボアの部屋の扉を叩いていた。
尚、リシャール、アルチュール、ナタンがちゃっかり同行しているのは言うまでもない。
「ネージュを連れてるから」、「目立ちたくない」、「これは内密事項」って、あれだけ言ったのに、聞きゃあしねぇよ。
結局、ここに来るまでの道中、センター俺、左右にリシャールとアルチュール、背後にナタン、その隣で携帯ゲージに入ったネージュを抱えたレオ――という五人+一羽のパーティーで、また妙に目立つ行列ができあがっていた。
一人増えてるし……。
元々この世界、というかこの学院、BL小説が原作なだけあってモブに至るまで顔面偏差値が異様に高い。しかし、その中でも俺の周囲はさらに別格だ。
中身はちょっと残念なナタンですら、見た目だけなら英雄譚の主役級、黙って立っていれば、まるで神話から抜け出してきたような造形。
学院の生徒全員が黒毛和牛だとするなら、その中でも最高級のA5ランクだけを選りすぐって盛りつけました~、みたいなチーム編成。
まるで、美術館の特別展にでも迷い込んだかのような光景。
まさに「なんとか教授の総回診」の完成。
余りに緊張し過ぎて奇石生成の前にラップのリリック作成しちまったじゃねえか。
ルネサンス絵画か、貴族肖像画か、どこから見ても見ても完璧な配置と調和がそこにある。品評会ですか? それとも次の王族御用達カレンダーの撮影現場? みたいな? そりゃあ、目を引かないはずがない。
ていうか、前回ですらかなり注目されてたのに、これ以上は本当に勘弁してほしい。
少しの間を置いてデュボアに「入れ」と促され、俺たちは順に中へと足を踏み入れた。
昨夜も見た壁際の小さな丸テーブルが、まず視界に飛び込んでくる。その上には、深い緑色の箱が荘厳な雰囲気をまとって鎮座していた。そして、ソファには悠然と腰を下ろす一人の男――『ソルスティス寮』寮監、ルシアン・ボンシャン。
長い灰色の髪を後ろで一つに束ね、一見、穏やかな微笑みを浮かべる好人物……、だが、その奥底に潜む圧倒的な魔力の気配が、肌を撫でていく。
その横に立つデュボアがこちらに視線を流し、ちらりとリシャール、アルチュール、ナタンの三人に目をやったかと思うと、少しだけ眉をひそめた。
「……コルベール? 随分と人数が多いようだが?」
「デュボア先生、俺は止めたんですけどね。聞かないんですよ、誰も」
肩を竦めながら答えると、ソファに座るボンシャンが片眉を上げ、どこか困ったような顔をしていた。
ちらりと横目をやると、リシャール殿下は悪びれた様子もなく微笑み、アルチュールとナタンは完全にどこ吹く風といった風情。ああ、もう。しかし、こいつらの我の強さには慣れてくるから困る。
デュボアがひとつため息をつき、黒い瞳を細めた。
「君たち三人は、前回の件にも関わっている。……立って見ている分には構わん。ただし、今回も決して口外はしないこと。いいな」
その声は冷たくも突き放すようでもなかった。
完全に追い返すつもりはないらしい。別に王子がいるからという特別扱いでもなく、どうやら単に事情を知る者としての扱いらしい。
重々しい釘刺しに三人が頷くと、ボンシャンが柔らかく微笑んで立ち上がり、静かに口を開いた。
「ようこそ、坊やたち。今夜は、セレスタン・ギレヌ・コルベール君の奇石作りに立ち会わせてもらいますよ。私の役目は、魔力の安定供給の補助と、生成用のガラス瓶の保護」そう言って軽く息を吐くと、視線をリシャールたちへと向け直す。「――コルベール君のグラン・フレールであるレオ・ド・ヴィルヌーヴ君はともかく、ワンジェ君、シルエット君、トレモイユ君。あなたたちの参加には少々首を傾げますが……。まぁ、これもまた“必然の関係”ということなのでしょう。それに、近いうちにあなたたちも奇石作りを控えているのですから、この機会にしっかりと見学なさい」
穏やかではあるが、底に芯のある声だった。
リシャールは、目つきにわずかな決意を宿し軽く頷き、アルチュールとナタンは、緊張を帯びた表情で、「はい」と小さく返事をした。
「さて――緊張しなくて大丈夫です、コルベール君。では、卵殻を用意してください」
「はい」
俺は内ポケットから、しっかりと布に包んで保管していたネージュの卵殻を取り出した。破片も全て揃っている。落とし物と無くし物の常習犯である俺が、散った小さな破片まで必死になって拾い集めた。
「ヴィルヌーヴ君、ゲージの扉を開けて。コルベール君の伝書使にも、ちゃんと見てもらいたいから」
奇石の生成において、伝書使が直接何かをするわけではない。
生成される奇石は、主とその伝書使を繋ぐ専用の魔術通信器であり、魔力を通じて一対一の繋がりが形成され、互いの居場所を感知し、緊急時には即座に連絡を取ることができる魔道具。
その生成を、主と共に伝書使が見届けることが、今後の魔力の共鳴に不可欠とされている。
レオはゆっくりと頷くと、手に持っていた携帯ゲージの扉を静かに開けて言った。
「おいで。セレスがお前に贈る儀式だ」
その穏やかな声に応えるように、ネージュはふわりと羽ばたいてゲージを出ると、レオの肩へと舞い降りた。小さな爪でバランスよく止まりながら、赤い瞳で周囲を見渡している。
その様子を見て、ボンシャンがわずかに目を細めた。
「……聞いてはいましたが、本当に白いのですね」
表情に驚きの気配はない。だが、僅かに見開かれた双眸が、その内心を雄弁に物語っていた。しかし、ボンシャンは、それ以上の感情を見せることなく、再びいつもの落ち着いた微笑を浮かべて俺を見て言った。
「コルベール君。この小さな伝書使は、思っていた以上に特別な存在のようですね。ええ、これは確かに、慎重に見守る必要がありそうです。――それでは、はじめましょうか。奇石の生成儀式を。『絆』をつなぐ魔術です」
緊張で指先が少し震えた。
ボンシャンの言葉とともに、デュボアが丸テーブル上の箱に向け、片手をゆるやかに差し出す。そして、低く短く呟いた。
「アペリオ」
その呪文に呼応するように、深緑の箱がひとりでにカチリと音を立てて開く。姿を現したのは、淡く光る小瓶がひとつ。それと、下に敷かれた煌びやかな文様が印象的な柘榴色の布敷きが一枚。これは、魔力の流れを安定させるための、精緻な術式が織り込まれた特製の魔法布だ。
「コルベール、手の中の卵殻に魔力を込めてみろ」デュボアが低く静かな声で俺に言った。「呪文は、『ヴィータ・リグナム』。命と絆を紡ぐ、古代語の一節。これは、そこの伝書使に名を与えたお前にしかできない」




