◆ 学院編 帰還 -13-
ふと視界の端で動くものがあった。
馬の横にいたダンサーが、羽を小さく広げ、ぴょんぴょん、と上下に跳ねている。
ジュールの踏み込みに合わせるように、片足を上げ、次の瞬間にはもう一度跳び、勢いよく回ろうとして途中でバランスを崩しよろめいた。
その様子に、思わず口元が緩む。
「……ダンサーはよく見ているな。ジュールみたいな動きをするのが、一番やっかいなんだ」
ルクレールがワインを一口含み、飲み込んでから言った。
「一発の重さなら、拳も蹴りもアルチュールのほうが上だ。もらえば確実に効く。だが、速さと小回りではジュールには敵わない」
アルチュールが踏み込んだ瞬間、ジュールはもうそこにいない。わずかに遅れて放たれた拳が、空を切る。ルクレールとの手合わせで蓄積した疲労が、ほんの僅かに反応を鈍らせているとはいえ、身体強化を展開した動きは、今もなお鋭い。
それでも届かないのか……。
アルチュールが息を詰め、間合いを取り直す。
その表情が、悔しさよりも楽しさに寄っているのが、遠目にも分かった。
ルクレールが、ちらりと俺を見る。
「セレス、ジュールタイプだろ? アルチュールから聞いてる。飛ぶし壁も走るし、速いんだってな。ジュールの動きは、良い手本だろ?」
「確かに」
そう言ったところで、「はい、次――腹ごなし、私の番ですー」と、間延びした声が、場の空気を軽く切り替えた。
やけに元気な声で名乗りを上げたのはナタンだった。
さっきまでのとろんとした様子は薄れ、頬の赤みもだいぶ引いている。
「アルチュール、昼ご飯、ちゃんと食べてください。代わりますー」
ジュールとアルチュールが同時に動きを止め、互いに軽く頷く。
アルチュールはひと息つくように肩を落とし、呼吸を整えながらこちらへ戻ってくる。
途中、ナタンとすれ違いざまに、ぱちん、と乾いた音が空気を打った。打ち合わせた掌が、短い合図のように離れる。
うっ……俺の婚約者、マジでカッコ良過ぎなんですけど。
ヤバイ。人前だということを忘れ、抱き着くところだった。
入れ替わるように、空き地の中央へ出たナタンは、軽く肩を回し、足首をほぐす。
構えは素直だが、重心の置き方が安定している。
一方、戻ってきたアルチュールは、こちらへ来るなり俺をひょいと抱き上げて脇へ移し、当然の顔で俺とルクレールの間に割り込んで腰を下ろした。
「……おい」ルクレールが、胡乱げに横目で睨む。「そっち、空いてるだろ」
「ここがいい」
「……あーあ、はいはい」
呆れ半分といった調子で肩をすくめると、ルクレールは切り分けられたチーズを一欠片つまみ、ゆっくりと口に運んだ。
アルチュールは、何事もなかったかのように腰を落ち着け、俺のすぐ隣に陣取ったまま動かない。
その背後から、リシャールが静かに近づき、水の入ったグラスを差し出す。
ルクレールはそれを受け取り、ひと呼吸置いてから、アルチュールの前へと差し戻した。
「……はは。セレスの恋人は、ずいぶん嫉妬深いな」
ちらりと俺を見るルクレールの目に、からかいの色が濃い。
「それとも……、そんなに俺の隣に、座りたかったのか?」
今度はアルチュールに視線を移し、口角をわずかに上げる。
……えっ。
ちょっ、ちょっと待って! ……なにこれ。
その瞬間、最近はすっかり大人しくしていたはずの、お布団の奥でスヤスヤ眠っていた俺の腐男子魂が、勢いよく叩き起こされた。
えっ、なにこれ。
ルク×アル……?
咄嗟に、こっそりと腰を浮かせ、ざざっとほんの少しだけ距離を取る。
両手で、あの例の“カメラの枠”を作る指――親指と人差し指で四角を描き、二人を収めるように覗き込んだ。
……有りだ。
完全に有りだ。
何より、図が美しすぎる。
俺的には、アルチュールの胸板が厚すぎる感は否めない。だが、その分、ルクレールが、逞しい。
俺、見たことあるからね、ルクレールの全裸。
骨格の張りと、無駄のない筋のつき方が、ちょうどいい。
そして、俺はアルチュールの全裸も見たことがある。
昨日も見た。昨夜、灯りを落としたバラの部屋で見た。至近距離で、息がかかるほど近くから。
互いの鼓動が重なる距離で、彼の一部が俺の中に入っているときに確かに見た。
主張しすぎず、引き締まっていて、ルクレールと並んだときのバランスが取れている。
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物語りは、夏ですが……、寒波が戻って来ました。お風邪など召しませんように。




