◆ 学院編 帰還 -12-
「確かに――」
間延びした声でナタンがうなずく。
手にしていたグラスをいったん置き、切り分けられたパンにパテをのせてから、「これは、セレスさまをめぐる、男同士の戦いれすねー、ふふふ」と、のんびり言った。
「なんだよ、それ」
言いながら、俺はナタンとジュールを、じとりと横目でうかがった。
ジュールは、黒パンに塗ったリエットの上にコルニッションを一本乗せ、まとめて噛み切り、咀嚼して飲み込んでから少しだけ肩をすくめた。
それから困ったようでいてどこか楽しそうな微笑みを浮かべる。
「まあ……、ヴァロアさんが、もうアルチュールくんに負けを認めているのに、それでも完全には割り切れない気持ちも分からなくはないですねえ」
「……ん?」
「セレス、俺がストンボアに化けさせられて走らされたでしょう?」
「う……、うん?」
「そのとき、あなたは、立場を利用した過酷な命令ではないかと心配して、わざわざヴァロアさんを叱ろうとしてくれた」
「あ、ああ……」
「そういうところなんですよ」
「……なにが?」
ジュールは苦笑して続ける。
「優しすぎますよ。君が手を伸ばしてしまうと、好意を抱く者が増えるのも無理はない。アルチュールくんの胃が心配です」
「……」
「意味、分かりませんか?」
軽い冗談のようで、どこか本気だ。
俺が言葉を探しているあいだに、距離が詰まった。
いつの間にか、ジュールの指先が、そっと俺の顎に添えられていた。持ち上げるほど強くはない、控えめな力。
いくらナタンとリシャールの視線が、アルチュールとルクレールに向いているとはいえ、大胆過ぎませんか、ジュールさん……。
視線が合う。近い。思わず息を止めた。
「さて……」囁くような声で、ジュールが言う。「たまには、俺も良いところを見てほしいな」
目と鼻の先で、彼は楽しそうに笑ったかと思うと、あっさりと手を離した。
次の瞬間には立ち上がり、肩を回し、腕を伸ばしながら空き地の中央へと歩き出す。
伸びた背中から腰、そこから脚へと流れる線が、無駄なく均整が取れていて、思わず目を奪われた。ただ筋肉があるのではない。動くために研ぎ澄まされた身体だ。
「腹ごなししますので、どちらか代わってくださーい」
軽く手を振りながら、声を張る。
ルクレールとアルチュールが同時に動きを止め、ほんの一瞬、目配せを交わし、アルチュールが小さく頷いた。
ルクレールが肩をすくめ、戦列を離れてタピスの方へ戻って来る。
そのタイミングで、フラードが水差しを手に歩み寄ってきた。
「お水を……」
「私がする。あなたは、ゆっくりしててくれ」
穏やかにフラードを制したのは、リシャールだった。水差しを彼からさりげなく受け取ると、自らグラスに水を注ぎ、ルクレールに差し出す。
「おつかれ」
「おう」
受け取ったルクレールは、一息に飲み干した。
「いい運動になった」
そして、こちらを見て、にやりと笑う。
「どうだった、セレス? なあ、カッコ良かったか? 惚れ直しただろ?」
「だから、まず前提として惚れてないんだけどね」俺は即座に返す。「……でも、カッコ良かったよ。ルクレールもアルチュールも、二人とも」
ルクレールは満足そうに笑い、塩気の強い肉とアルグラとチーズを挟んだ黒パンを手に取ると、ワインを片手に再び中央へ視線を向けた。
「来るぞ」
その声に応えるように、ジュールがその場で軽く跳ね、足裏で地面を確かめるように踏み鳴らした。
「身体強化、展開します」
「了解」
アルチュールが即座に応じた。
直後――、
アルチュールの蹴りが鋭く放たれる。
だが、ジュールは半歩だけ軸をずらし、風の流れを読むようにそれをやり過ごした。間を置かずの反撃。距離を詰める蹴り、さらに角度を変えた追撃。
「はやっ」
俺は、身を乗り出す。これは、アルチュールとルクレール、そのどちらよりも速い。
連続して繰り出されるジュールの足技に、アルチュールが一瞬、押される。間合いを保ちながらも、確実に攻めてくるそのリズム。
俺は目を見開いたまま、息をするのも忘れていた。
……なるほど。
これは確かに、良いところを見せに来ている。
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾




