◆ 学院編 帰還 -11-
ルクレールが鋭く踏み込み、アルチュールが軽く跳び返す。拳が風を切り、足が地面を蹴る音がわずかに響く。二人の間には、真剣な競り合いと同時に、楽しむ余裕が漂っている。
阿吽の呼吸。いつの間に。
息も癖も、全部知ってる動きだ。
胸の奥が、ちり、と鳴った。痛いほどじゃない。けれど確かに、内側から小さな爪で引っかかれたみたいな感覚。
……ああ。
これ、嫉妬だ。
アルチュールをとられた――なんて言うほど大げさじゃないけど。
でも、俺の知らない時間と、俺の知らない距離が、あの二人の間には確かにあって。
それが少しだけ、悔しい。
草を踏む音に振り向くと、ジュールとダンサーが並んでこちらへ歩いてきていた。
ダンサーは首を伸ばし、空き地の中央で向かい合う二人を、何故かきらきらした目で見つめている。
「……何をやってるんですか、あの二人」
ジュールが、半ば呆れ、半ば感心したように言った。
「旅の間、まともに手合わせしてなかった、とか言い出して……」俺は肩をすくめる。「食前運動、みたいなものかな」
「なるほど」
ジュールは一瞬だけ納得した顔をしてから、続けた。
「昼食の準備が整ったので、アルチュールにヴァロアさんとセレスを呼んできて、と頼んだのだけど……この様子じゃ、しばらく無理っぽいですね」
視線の先で、アルチュールが軽やかに間合いを外し、ルクレールの蹴りを紙一重でかわした。
地面を踏み切る音も、風を裂く軌道も、どれもが洗練されすぎていて、ただの手合わせとは思えない。
俺の婚約者、目茶苦茶カッコイイんですけど……カッコ、ハート、カッコ閉じる。
「……すごっ。避けた」
ジュールが思わず、息と一緒に漏らす。
動きの一つひとつを追いながら、眉をわずかに上げた。
「俺だったら、今ので確実に倒れてるな……。というか、今から二つ前の、横からの回し蹴りと見せかけて紙一重で止め、一瞬で足を引き戻し、前からの蹴りへと変化させた一撃で終わってます。あー、それにしても羨ましい。ヴァロアさん、体幹が良すぎ。あの切り返しで軸が一ミリも流れないのは、さすがに人間の動きじゃない。正直、化け物の域。髪をかき上げる余裕まである。ほんと腹立つ」
冗談めかした口調なのに、視線は真剣だった。
避ける、当てる、次を読む。二人ともそのすべてが一拍も遅れない。強い、というより、完成されている。
「これはまだまだ続きそうだ……。先に殿下たちには食べていただいてます。御者の方のほうが、さすがにお腹が空いているだろうと思って」
ジュールは淡々と報告する。
俺はタピスの方へ視線を戻した。
「じゃあ、俺たちも先に食べよっか?」
「ええ。あの二人は放っておいても大丈夫。いつもガルディアンの修練場で、だいたいあんな感じだから」
再び空き地の中央を見る。
ルクレールの指先が、アルチュールの踏み込みに合わせて、ほんの僅かに角度を変える。
次の瞬間、アルチュールの回し蹴りが風を巻いて迫る。
それをルクレールは腕一本で受け止め、反動を殺すことなく、即座に右の拳を放った。
鋭い直線。
だがアルチュールは、鼻先をかすめる寸前で身を引き、紙一重ですり抜ける。
互いを完全に信頼しているからこそ成立する距離感で、遊ぶように打ち合いながら、一瞬たりとも手を抜かない。
見ているだけで、胸の奥が熱くなる。
「しばらく続くから、食事しながら観戦しよう」
そう言って、ジュールはタピスの上に腰を下ろした。
俺も隣に座り、昼食に加わる。
ほどなく、ワインを片手にしたリシャールが、楽しげに声を張り上げた。
「いいぞ、ルクレール! 今の踏み込み、とても綺麗だ!」
一方で、ナタンは水の入ったワイングラスを大事そうに両手で持ちながら、身を乗り出している。
「アリュルールーっ! 今の返し、完璧れーす!」
「間合いの取り方! さすがノクターンの問題児!」
「足、足の切ら替えが速ーい! 今の、すごく良かったれすよー!」
「そこで引くんだ、そう、そこから蹴りだ! 」
「ギリギリ避けだっ、アリュルールー!」
完全に、応援に夢中だ。
笑い声と食器の音が重なる。
一方で、ダンサーは馬の傍に立ち、空き地の中央をじっと見つめている。
やがて、片足をすっと持ち上げ、小さく跳ねる。続けて、羽を前へ突き出すような仕草。
明らかに、さっきからの二人の動きをなぞっている。
見よう見まねで、ぎこちない。だが、しばらくすると不思議と様になっていた。
……さすが、『ダンサー』。
「ああ、多分……」ジュールが小さく息を含んだ声で言う。「雄鳥同士が、超絶美人の番をめぐって力を誇示し合う舞いだとでも思っているんでしょう」
そう言って、干し肉とチーズを指で摘まみながら、俺をちらりと見て、意味ありげに微笑んだ。
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