◆ 学院編 帰還 -6-
俺は、力を込めるのをやめた。縄を引くのではなく、魔力の流れをなぞる。
十二カ所の拘束点。流れが合流し、また分岐している箇所が……、
「あった。見付けた」
「ほう」
ルクレールが、低く声を漏らす。
始まりさえ見付ければ、終わりまでは早い。流れに沿って、解除の呪文を組み立てる。
「ネクサ・ソルヴェ」
始点に強く干渉し、そのまま終点までスナップボタンを外すように、一気に魔力を走らせた。
……ほどけない。
「……あれ?」
視線の端で、ルクレールが楽しげに口角を上げている。
「あ……、分かった……」俺は小さく息を吐く。「性格、悪いなルクレール……ったく」
流れの途中、二か所に偽装。四つ進めば、二つ戻る。そこから五つ進み、一つ戻り最後まで進む。
まるで、ダイヤル式の金庫だ。
俺は一度、最初の拘束点まで意識を戻した。
流れを正確に辿り、解除する。
「ネクサ・ソルヴェ」
赤銅色の魔力線がほどけるように消え、ただの縄だけが残る。
「正解だ」
ルクレールが、満足そうに頷く。
「ここまで来たら、あとは好きにしろ。ただの物理的な縄だ」そう前置きしてから、指を折りながら言う。「火属性なら焼き切る。水なら凍らせて脆くして割ったり、空気中の水分を凝結させて氷刃を作り切る。風属性は気流の風圧で、土属性なら化石化させて砕くなり……、まあ、各々やり方は他にもあるだろう」
なるほど、と内心で頷く。
術式で“縛り”を殺し、属性で“物”を処理する。
理屈は単純だが、応用の幅は広い。
「次はリシャールの番だ」
ルクレールが言った。
「じゃあ、縛りましょうか?」
俺がそう言うと、殿下は一瞬だけ考えすぐに頷く。
「頼む」
さすがに殿下相手だ。
縄を手に取り、今度は少しだけ丁寧に、手順を意識しながら縛っていく。
その最中、ふと、落ち着いた声が耳朶を打った。
「……なるほど。これは……、セレスに縛られるというのは……、心地よいものなんだな、ナタン」
「くっ、シャーをこんなに羨ましいと思ったのは初めてですっ」
ナタンが、明らかに悔しそうに呻いた。
……いや、羨ましがる方向、そこなのか。
視線の端で、ダンサーがチラチラとこちらを見ているのに気づく。
心なしか、口元が微妙に引きつっている気がする。
分かる。分かるぞ。
なにを……見せられているんだ……? って思ってるんだろ?
第三者から見たら、完全に意味不明だ。
王太子は真顔で妙な感想を述べ、ドMの男は本気で羨み、その向かいには涼しい顔をして確実にえっちぃ緊縛プレイを妄想しているだろう美丈夫な男が居て、俺は黙々と縄を結び、横でノクターンの騎士が楽しそうに見守っている。奥で一人、すやすやと寝てるし……。
……うん。
どう見ても、変な集団だな。
だが、大丈夫だ。問題ない。
そのうち慣れる。
「シャー、新しい扉を開かないで下さいよ」
俺は、縄が整ったところでルクレールと交代し、そのまま彼が短く詠唱する。
淡い赤銅色の魔力線が走り、拘束が固定された。
殿下は少し手間取りながらも、流れを読み、慎重に解除する。
最後に魔力がほどけたとき、リシャールは小さく息を吐いた。
「確かに……これは、ゲームだな」
続いてアルチュール。
淡々と、なおかつ少しだけ強引に、だが確実に解除していく。
偽装部分にだけ、狙い澄ましたように火属性の魔法を走らせ、術式ごと弾け飛ばした。
……ずるい。
無駄がなくて、判断が早くて、やることが全部スマートだ。
冷静な顔のまま、力任せに見えない力技を平然と混ぜてくるあたり、完全に恋人補正を差し引いても、文句なしに格好いい。
欲目込みで言わせてもらうなら、やっぱり一番絵になる。
好き。
もう、モーラで全部負けてもいい。アルチュールがやりたいこと、全部させてあげよう。
そして最後は、ナタン――尚、俺が縛ると話がややこしくなりそうだったので、リシャールに縛ってもらった。
最初は戸惑いが見えたが、途中で何かを掴んだように表情が変わる。
一度戻し、もう一度。最後は、迷いなく流れを辿った。
拘束が解けた瞬間、ナタンの目が、わずかに輝く。
ああ、そういうことか。
数学魔法なのに、ナタンが最初に手間取ったのは技術の問題ではなく、本当に『遊び』という感覚がそこになかっただけなんだろうな。
「……ジュールさんが、楽しむ理由が分かりました」
ナタンが、素直に言う。
「これは……ハマりますね」
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