◆ 学院編 帰還 -4-
「できる限り、そんな事態は起きてほしくない」
リシャールの声は、静かだが重い。個人としての本音が滲んでいる。
「ああ。気にするな。ジュールは、大丈夫だ」
ルクレールが即答する。
「剣の腕はオベール警備官とモロー隊長、礼法と心理戦はデュラン副官、その他のことは俺が鍛えている。どんな状況下でも、逃げて生きて帰って来られるように」
「諜報活動だけでなく、殿下の護衛のためにもストンボアに化けて走らせたりしてたんだな」
俺が呟くと、ルクレールは何も言わず肯定した。
「ジュールの得意技は、化けることだけじゃない。縛られた縄や、手錠、足輪……そうした拘束から抜け出すことにも、異様なほど長けている。しかも、厄介なことに、本人はそれを楽しんでいる」
縄抜け、拘束具外し、変装して疾走。
舞台にスポットライトでも当てたら、そのまま拍手喝采が起きそうだな。
彼に二つ名を付けるなら、怪盗ジュールか?
「横から失礼します。捕縛対象が魔術師の場合、ただ縄で縛るだけでは不十分。たいていは結び目や縄そのものに魔法術式を重ね、逃げられないようにします。解除魔法は数学魔法の一つですが、計算ができるだけではほどけない……それを得意とされているのは、見事だと思います」
ナタンが小さく手を上げてから発言を始めた。
「……やったことがあるのか?」
ルクレールの問いかけに、ナタンは素直に頷いた。
「カナード寮監がリボン結びのような、ごく単純な縄の結び方に、上から術式をかけてくださいまして。それを解く訓練だったのですが……ほどけませんでした。理論は理解できても、どう動かせばいいのか分からなくて……」
「そんなに難しいのか?」
興味を引かれたように、アルチュールが口を挟んだ。
基礎理論としては、誰もが知っている分野だ。一年生の講義でも、呪文構造や術式の考え方までは教わる。
だが、それを実際に「解く」訓練まで踏み込むのは、まだ先の話だった。
ちなみに俺も、知識として理解しているだけで、実際に縛られた状態から解いた経験は、ない。
熟練の魔導士が施した拘束となれば、理論を知っているだけでは、まず歯が立たないだろう。
ルクレールが、どこか苦笑混じりに口を開いた。
「ジャン・ピエール・カナードはな、真面目すぎる。教え方も、全部正攻法から入る。拘束解除は、理屈より感覚。呪文に頼り過ぎてもほどけない。正解を探すのではなく、これはな……」一拍置いてから、にやりと笑う。「頭をひねって遊ぶ類のもんだ。色を揃える立方体だとか、絡まり切った輪っかを外す玩具のカッス・テット、ああいうのと同じだ」
ナタンは、はっとしたように目を見開いた。
「……ゲーム、なのですか?」
「そうだ。術式を一つずつ動かして、失敗したら戻す。それだけ。お前、ジャンのやり方を見て、一気にやっただろ? あれは目にも留まらない速さだったから、そう見えただけで、実際には一段ずつ解除している。まあ、ジャンはアカデミックな基礎を教えるのはとても上手いんだが、自分の得意分野になると話が別。失敗したことがないから、どこで人が引っかかるかが分からない。気づいたら、無意識のまま最後まで行ってしまうタイプだからな」
ルクレールは、俺の方に視線を向ける。
「いい機会だ。順番にやってみるか?」
場の空気がゆるやかに切り替わり、気づけばルクレールはそのまま講義を始めていた。
拘束時の呪文、構造、術式と魔力の流し方、そして解除時の魔力の流れの読み方などを簡単に説明したあと、次に拘束に用いる縄を拡張ポケットから取り出す。
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