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◆ 学院編 推しを形にした相棒(余談)

 飛び起きてドアを開けると、片手に学院の紋章が入った大きな手提げの皮袋を持ったレオが立っていた。

 袋の口はきゅっと紐で結ばれていて中は見えないが、ほんのりと穀物や果物、他にもハーブのような香りが漂ってくる。鼻をくすぐるその匂いに、バスケットの中のネージュがピクリと反応した。

「悪いなセレス、遅くなって」

「いや、全然……! 良かった! 今ちょうど、ひと段落ついたところで……、あっ、中入って」

 嘘はついてない。段落どころか精神的には章が終わったくらいの打撃を受けたが――。


 閉じられたドア越しに廊下の気配が遠のいていくのを感じながら、俺は心の中で手を合わせる。

 レオが来なかったら、情報量が多すぎて脳がショートしてたんじゃないだろうか。


「本当に助かる」

「セレスが伝書使(クーリエ)を無事に育てるのは、担当のグラン・フレール()としても喜ばしいことだからな」

 俺に袋を手渡しながらレオが興味深げにバスケットを覗き込むと、ネージュは彼を上目遣いで一瞥したあと小首を傾げてピィとだけ鳴いた。孵ったばかりであることを踏まえてか、流石に自分がベラベラ喋れるとは思われたくないらしい。


 しかし、猫をかぶるのが実に上手いな、鳥のくせに。


「セレス、皮袋の中から先ず鳥籠(ゲージ)を出して机に置いて。そして、その中に入っている容器を取り出して、水を」

 レオに促されて俺は袋の紐を解き、中身をのぞき込んだ。縦長で丸屋根型の籠の中に容器と小さな布袋がいくつも詰められていて、それぞれに「朝」「夜」「回復」などのラベルが丁寧に縫い込まれている。


 なるほど、デュボア先生、さすがぬかりない。


 言われた通り、それをデスクに置いてアーチ状の大きな両開き扉を開け、中から小さな陶器の水入れを取り出す。籠本体にも透かしもようの中に魔術刻印が刻まれているが、この水入れも魔道具なのだろう。器の底には細やかな意匠で浄化の魔法陣が描かれている。見た目にも機能にも無駄がないその造りは、どこか品格すらあり、美しい。

 俺はデスクの端にそれらを並べ、置いてあった水差しからこぼさぬように水を注いだ。

 すると、ネージュはバスケットの中でくるりと身を翻し、白い翼をふわりと広げて軽やかに跳ね、そのまま、ごく自然な動きで水入れの前まで歩み寄り少し香りを確かめるように首を傾げてから小さな舌先でそっと水を飲みはじめた。

 その仕草は不思議と上品で、まるで食卓で出されたワインを試すかのようだった。

 眺めていたレオが少し目を細めながら、バスケットを鳥籠の中に入れ、寮室の壁から突き出すように伸びていたゲージスタンドにそれをぶら下げた。

 ネージュは水を飲み終えると、羽毛に顔をうずめるようにしてくちばしを拭い、俺の方へ目を向ける。

「ネージュ、これ食べられるか?」

 レオがそう言って、ポケットの中から薄い葉に包まれた幾つかの小さな実を取り出した。葡萄に似た淡い青紫の果実。

「俺の伝書使(クーリエ)、キアランという名なんだけど、そいつが好きな木の実なんだ。中庭の端にたくさん自生してる。甘くて柔らかくて消化にもいい。外に出れるようになったら、頼ってやってくれ」

 差し出された果実にネージュはすぐに反応し、小さなくちばしで器用に皮を剥き、果肉をちびちびと食べ始めた。熟した香りがふわりと漂う。

「……気に入ってくれたようで、何よりだ」

「ありがとう、レオ」

 俺が小さく頭を下げると、彼は「気にするな」と軽く笑った。


 ――「遅くなって」って、そういうことか……。ネージュのために、わざわざ実を摘みに行ってくれてたんだ。


「よかったら、座ってください」

 俺はデスク前の椅子を引き、手で示す。

「じゃあ、少しだけ……」

 レオは遠慮がちにうなずいて腰を下ろし、静かに足を組んだ。

「それからセレス、寮監からの伝言だ。他の生徒たちの卵が孵り始めるまでは、この件は伏せておけとのこと。特別な卵を渡されたんじゃないかとか、色々と余計な憶測をする者が出てこないとも限らないからな。まあ、うちの学院にはそんなやつは居ないだろうが、無用な混乱を招く可能性は限りなく無くしたい。その間、ネージュをこの部屋から勝手に連れ出すことは禁止。事情があり移動が必要な場合は、袋の中に入っている専用の携帯ゲージを使え。外から中は見えないし、魔力遮断と防音の処理が施されている」

「わかった」

 俺がうなずくとレオは安心したように息をついた。暫くして、ゆっくりと果肉を食べ終えたネージュがふわりと飛んでバスケットへ戻り、羽をふるわせ小さくあくびをしている。

「あと、しっかり休ませてやれ。まだ生まれたばかりだ」

 そう言ってレオは静かに立ち上がり、椅子を元の位置に戻した。

 その穏やかな仕草を見ながら、ふと思う。


 ……兄って、こんな感じなんだな。実年齢は、(伊丹トキヤ)のほうが年上だけど……。


 転生前も転生後も妹しかいない俺には、どこか新鮮で少しだけ胸があたたかくなる感覚だった。

「……じゃあな、セレス」ドアノブに手をかけたところで、レオが一度だけ振り返る。「何かあれば、すぐ呼べ」

 微笑を残し、彼は部屋を後にした。

 扉が閉まると、籠の中からネージュが目を細めながら俺の方をちらりと見て言った。

「その微笑は、曇りなき理知の光を湛えながらも包むような温かさを滲ませていた。レオは、きっと嵐の日には風よけとなる広い背中を差し出してくれるだろう。胸板も厚い。推せるな」

「……お前なぁ」

 呆れつつも返す言葉が見つからず、俺はため息まじりにデスクの明かりを落とすと、鳥籠の扉を閉めずにケージカバーをそっと被せた。



  ༺ ༒ ༻



 翌朝――。

 「一緒に食堂へ……」と、リシャール、アルチュール、ナタンが揃って部屋を訪れたその瞬間、案の定、バスケットからひょこっと顔を出したネージュの存在が、あっさりバレた。


 レオから聞いたヴィクター・デュボア寮監の「この件は伏せておけ」という忠告が、一日すら持たなかったのは、もはやこの三人に対してはお約束というべきか……。取り合えず、この件も『光属性』のときと同様、口止めということで――特にナタン。


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