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◆ 学院編 出会い

 燦爛(さんらん)春の空の下、希望と不安を胸に抱いた若者たちが、次々と正門をくぐっていく。新しい季節、新しい出会い。ゼコールリッツ学院の入学式は、晴天に恵まれていた。


 ――俺も、一応、まだ新卒。若者の部類には……、入るよな? 多分。


 けどまあ、ここに集まってるのは十代の少年ばかり。中には幼さの残る顔もちらほら見えるし、実質年齢的には俺が上だ。


 うーん……。よし、アヤちゃん()のお友達に接するときの感じでいくか。敬語は使いつつ、適度にフランクなやつ。あれならきっと浮かない、はず。


「天候に恵まれて良かったですね、セレスさま」

 すぐ隣でナタンが微笑んでいた。背中にすとんと落ちる真っ直ぐな亜麻色の髪が陽の光をおびてキラキラと光っている。この世界、主人公から名もなき端役にまでもイケメンが多い。

「うん、晴れて良かったな」

 まあ、これもBL小説の醍醐味というもの。俺の本命は、〇物語の羽〇さんだが、視界に美形キャラがあふれてるのは、それはそれで目の保養になる。同性だろうがなんだろうが、綺麗なものは綺麗だ。

 それにしても、ナタンと一緒に学院生活を送ることになるとは……。

 ちょっと面倒見が良過ぎるというか、ぶっちゃけ彼は(セレス)に対し過保護なので、その点については色々と本当に心配だ。

 本来なら学院内に使用人の同伴は認められてはいない。だが、先日の事故の件もあり、心配したコルベール公爵……、というか、公爵夫人が急遽ナタンを学生としてゼコールリッツ学院に入学させることを決めた。ナタン自身も五男だが男爵家出身、そして風魔法の素質もある。入学資格は満たしているといってもいい。


 ――という、内々の事情は、来る途中の馬車の中で、ナタン本人から聞かされた。


 ただ、ドメワン本編では、彼は学院編には出て来なかった。

 これは今後一体、どんな展開が待っているのか……。





「セレスさま!!」「セレス!」「銀の君!」

 そろそろ始まる式典を前に整列しようとナタンと共に移動していたところ、見知った顔ぶれに声をかけられ足を止めた。勿論、目の前にいる彼らを知っているのは俺ではなく、セレス本体の()()だが。

「よ……、」

 よ! 久しぶり!

 ……じゃないよな。心の中ではフランクに返事したくなるが、ここは貴族社会。挨拶ひとつとっても形式がものを言う。

 いや知ってるよ、物語りの中のセレスの口調は。ただ彼は口数がそれほど多くない。そして先ず、庶民の俺が貴族風に話してもボロが出るだけだ。

 こういうとき、どんな対応や話し方をすればいいのだろう……。

 何か当たり障りのない――と考えあぐねていると、先に相手の方が言葉を投げかけてきた。


「大丈夫でしたか!?」

 三人がぴたりと声を揃えて聞いて来た。


 ああ、先日の事故のことか。


「も……、問題ない。心配ありがとう」

 たどたどしくも、なんとか無難な返答で切り抜ける。

 すると、それを合図にしたように、周囲にいた他の学生たちもぞろぞろと集まりはじめ、俺の周りに輪ができていく。

 辺境貴族や留学生以外、大体の相手とは、社交界(サロン)で顔を合わせている。その“記憶”の重さを、改めて実感する。


「ロード・コルベール、少年を助けられたとうかがいました」「頭を打ったと聞いたが、大丈夫だったのか?」「心配しましたよ、セレスくん」「貴族の模範ともいえる行動だよ、セレス!」

「あ、ああ。大丈夫だ。ありがとう、ぁ、そうかな……、い……、」


 いやいやいやいや!

 ちょっと待って!

 (セレス)に対する注目度が高すぎる!!

 俺、サブキャラだから! 見た目が冷ややかな感じで近寄りがたく、友達は多くないタイプだから!!

 そりゃ、娯楽というのか話題に飢えているのは分かるよ。

 近年、辺境地以外は魔物の出現も激減し、国軍討伐隊への出動要請も数えるほど。周辺諸国との関係も良くはないが滅茶苦茶緊張状態というほどでもない。

 つまり、貴族が日常的に行わなければならないのは、魔法や各種武術の鍛錬を怠らず、滞りなく領地の運営をして、他の家との横繋がりを広め関係を強化するためにサロンを開くこと。

 祭りで子供を助け、いっとき意識不明になっていたという美談は、マンネリ化していた日常に退屈しきっていた貴族たちにとって格好のネタになるのは分かる。


 だが、ちょっとマジで落ち着いて欲しい。


 今から、俺の超推しカプの出会いが始まるんだよ!!!


 物語りの冒頭の最重要イベントなんだから!!


 今後の展開としては、四方にスリジエ()の木が植えられたこの中庭。

 突然、突風が吹き、リシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下の胸ポケットから白いポケットチーフが飛ばされる。尚、このチーフは制服の付属品であり、各々(おのおの)の家の紋章と持ち主のイニシャルが入っていて、式典の時などは着用必須アイテムだ。


 それを拾い上げたのは、アルチュール・ド・シルエット子爵令息。


 野生味あふれる――まるで辺境の大自然で子供の頃から魔物討伐に明け暮れてきたやんちゃな雰囲気が抜けない超絶美青年。だが同時に、そこはかとない気品も漂わせている。

 彼はぞんざいな口調でこう言うんだ。


「なあ、これ、あんたのか? 足元に落ちてたぞ」


 そうそう、こんな感じで!


 ――って、

 …………えぇぇえええぇぇぇえええぇぇえええ!!!???


 全身の血が一瞬にしてさざめいた。

 声が聞こえた方向へカクカクと小刻みに首を動かしながら顔を向ける。

 すると、すぐそこに、際立って容色に恵まれた、とてもよく知る人物が立っていた。


 一番くじB賞、タンブラーの人だ……と一瞬だけ脳裏をよぎる。


 彼はポケットチーフを、こちらに紋章とイニシャルがはっきり見えるように右手に持ち、差し出すようにしている。


 ア、アルチュールじゃねぇかぁぁぁあ!!!


 うわぁ……端正な眉に、切れ長の眼差し。すっと通った鼻筋に、わずかに引き締まった顎のライン。

 艶のある黒髪が、まるで墨で描いたように美しい。

 隙のない立ち姿からは、ひと目で鍛錬を積んだ者の気配が漂っていて、そこに自然と宿る威厳と静けさがある。

 王宮の貴公子というより――まさしく、忠誠と信義を誓う騎士のそれだ。

 凛々しく、潔く、そして美しい。守られる側ではなく、誰かを守るために剣を取る者の佇まい。非の打ち所が微塵も無い!

 気づけばまわりの空気までもが彼の輪郭を引き立てている。


 本物だ! 本物のアルチュール・ド・シルエット!!


 頬を優しく叩く風が微かに強まり、俺たちを包み込むかのようにスリジエの花びらが舞った。

 無言のまま、じっと見つめて来るアーモンド形の(あお)みががった黒瞳に、今、俺が映っている。

 どうしたんだろう、何故か顔が熱い。

 アルチュールの手の中にあるチーフに施されている刺繍は、明らかにコルベール家の紋章、そしてセレスタンのイニシャル!


 っつーか、なんでアルチュールが俺のポケットチーフを持ってんの!?

 え? 落としたの? 誰が? 俺??


 ――兄ちゃん、また廊下に落とし物。

 ――昨日はパンツ落としてたでしょ。もう、なんでこうもポロポロポロポロと落とし物ばっかりするかなぁ……。


 やれやれだぜ、と呆れがちなアヤちゃんの声が頭の中によみがえる。


 ああ、俺だわ……。それ、確実に俺が落としたのは間違いない。うん、俺のせいだわ、これ。どうしよう……。

 何度も言うが、最重要イベントだぞ?


 刹那、やにわに突風が吹いた。

 散り落ちた花びらで退紅色(たいこうしょく)に染まる視覚の隅に()()()()が飛んでくる。俺は振り向くことなく左手を伸ばし、意図せず条件反射的にそれを掴んでいた。普段からアヤちゃんが投げつけて来る洗濯物をキャッチしている鍛錬の賜物(たまもの)だぜ。ふふん、と己顔(おのれがお)を浮かべる俺――、


 って、待て待て待て。

 突風で飛ばされてくるもの……。

 これ……、これこそがもしかして……、じゃなくて、ほぼ絶対アルチュールが拾うべき例の『アレ』じゃないのか?

 ヤバくない? いや、マジでヤバいぞ。ああ、どうしよう……。

 何とかここから強引にでも本編通りの流れに持ち込まないと!


 取り合えず、キャッチしたブツを目にも止まらぬ速さで紋章とイニシャルの刺繍が見える状態に畳む。


 ああああぁ、これ、やっぱり王家の紋章、入ってるーーーーー!


 そして、アルチュールの手の中にあった俺のチーフを問答無用でひったくり、入れ替えるようにしてリシャール殿下のチーフと交換した。


 よしっ!


「そのポケットチーフは俺のじゃない。殿下のだよ、シルエットくん」

「え? いや、あんた何言ってんだ? 俺が拾ったのは、今、あんたが俺の手から取って自分の胸ポケットに突っ込んだそっちじゃないか」


 もう、頼むから殿下のを拾ったってことにしてくれよ!! お願いだから!


「……て、ゆーか……、あんた……、今、俺に『シルエットくん』っていったよな?」

 アルチュールは一瞬だけきょとんとした顔をし、それからゆっくりと首を傾けた。

「あ……」

 しまった。

 この時点で、辺境の子爵令息アルチュール・ド・シルエットの顔を知る学生はここには居ない──、はずだ。

 エティエンヌ・ド・シルエット子爵と嫡男ロベールなら他のみんなもサロンで見かけたり話したこともあるだろうが、子爵家を継ぐ予定の無い次男のアルチュールは堅苦しさを嫌い、サロンには顔を出さず、領地から出るのも(まれ)だった。

「なあ、なんであんたは俺がシルエットの家の者だと知ってるんだ?」


 えーと、そのぉ……、マリンボール先生の本を読みました──とは言えない。言ったとしても、相手には何のことか伝わらない。

 機転を利かせろ、俺! やれば出来る子のはずなんだ!


「申し訳ございません。横から失礼いたしますが……」


 おっ! ナタンが助け舟を出してくれたぞ!


「貴殿、先ほどから、こちらのコルベール公爵家嫡男、セレスタンさまを幾度も『あんた』と呼ばれていますが、その無礼、聞き流せません」


 いやもう、そんなの今はどーでもいいからーー! 余計、話しの流れを混乱させないでー! 助け舟じゃなく、泥船じゃないか!


「コルベール……、王家に次ぐ権力を持つコルベール公爵家……、貴族社会に興味のない俺でも知ってる……」アルチュールがまじまじと俺を見つめて続けた。「あんたの名前、セレスタンっていうのか」

「セレスタン・ギレヌ・コルベール()()です!」


 もう、俺の紹介なんてしなくていいんだって!


 ナタンの声が耳に届いていないのか、セレスタン、セレスタン……と、俺の名をアルチュールがひたむきに復唱している。


 何この状況は?


「セレスタン……、なあ、セレスって呼んでもいいか?」

「ぶっ、無礼にもほどがある! 駄目に決まっているでしょう!」

 口調を荒げたナタンが眉根を寄せ、苦々しい表情でアルチュールを睨む。


「なんと無礼なヤツだ!」「君、シルエット家といえば子爵だろう!」「身分をわきまえ給え」

 俺たちを取り囲んでいた外野までもが参戦し出す。


 あぁぁぁぁあ、もう止めてーー!


「もういい!! 呼び方なんてどうでもいいし、俺は『あんた』と呼ばれるのも気にならないから!」


 俺の一言で、ざわめいていたその場が水を打ったように静まり返った。


 やっちまったかもしれない。

 先ず、一人称『俺』も変だ。その上、貴族の礼儀や作法にうるさい普段のセレスの言いそうにないことだもんな。

 ……でも、もう仕方ない。言っちまったもんは戻らない。

 俺は学院の中では身分差なんてあるのはおかしいと思うし、この程度のことで、後々、アルチュールがみんなから悪い印象をずっと持たれ続けるようにはなって欲しくない。


「同じ学院に通う者同士じゃないか。俺は誰が相手でもセレスと呼び捨てにされるのを厭わない。──そうだ、ナタン!」

「えっ、あ、はい。セレスさま?」

「お前もここでは俺に『さま』って付けるのを今からやめるように」

「え……、しかし」

「反論は無し。また、彼……、確か、アルチュール・ド・シルエット子爵令息のはずだ。嫡男ロベール殿とよく似ているから直ぐに分かった!」よし、多分、これで誤魔化せたはず。えらいぞ、俺。「辺境の地から来ている。その地の方言(ほうげん)というものもある。公式な場ならいざ知らず、学院内では暫くはこのままでいいんじゃないか?」

 と、俺がそう言い終わるや否や、


「そうだな! 私はセレスの意見に賛成するぞ」


 突然、背後からかけられた言葉に、心臓が四方八方から伸びて来た手によって鷲掴みにされたかのように縮こまった。

 呼吸が一瞬止まり、肺の奥に残っていた空気すら逃げ場を失う。


 ……え??


 この声は、先ず『()()()』に間違いない――と、セレスの()()が言っている。

 どうすればいい? ここで何をするのが正しいんだ?? 頼むから全キャラの胸元あたりに出てくれ『選択画面』! せめて二つぐらいの選択肢から選ばせてくれーーー!!

 あぁぁあーー、駄目だぁぁ、この物語りの元ネタはゲームじゃなくて小説だったーーーっ!!


「学院内では今後、私のことも、(みな)『リシャール』と呼んで欲しい」


 やっぱり殿下じゃねぇかぁぁぁあ!


 勢いよく振り向いた俺の視線の先に、この物語りのメインキャラの一人、リシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下が立っていた。


 うわぁ……、本物だぁ。本物の殿下だ!


 俺は、艶然(えんぜん)と微笑むその雅人(がじん)の姿に吸い寄せられるかのようにして見蕩れていた。

 光沢のあるオレンジ色の双眸(そうぼう)、上品な少し薄めの唇。質の良い絹糸のような金色(こんじき)の髪は、春の陽の光りを反射してキラキラと輝いている。

 流石、『金の(きみ)』と呼ばれるだけのことはある。

 ――圧巻だ。

 完璧じゃないか!!

 と、一瞬思ったものの、俺はそこに微かな違和感を感じていた。


「リシャール殿下……、背が伸びました??」

「『殿下』は、いらない。リシャールと呼べ、セレス」

「いや、しかしそれは」

「呼ばない限り、返事はしない」

「……分かりました。リシャール、背が伸びましたか?」


 はかなげで麗しきリシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下……、確かに麗しさは存分にあるのだが、俺が好む受け独特の『はかなさ』が未装着というか、はぎ取られている。


 勿論、俺様受けとかガチムチ受けだとか、世間には色々なタイプの受けが氾濫し、それぞれに熱烈な支持層が存在することくらい、俺だって理解しているつもりだ。

 受け攻め論争は深く、時に宗教戦争にも発展する複雑な世界だ。尊重はする。寧ろ、ある種の敬意すら持っている。

 でも、俺の好みはあくまで一貫していて──攻めよりも背が低くて、ちょっと儚さやあどけなさが残ってるような、どこか少年っぽい受けが好きなんだ。

 大人と子どもの境界にいるような繊細さというか、華奢さの中に宿る芯の強さというか……そういうバランスにどうしようもなく惹かれてしまう。

 それなのに、今、目の前にいるリシャールときたら。

 身長も体格も、アルチュールと大差ないどころか、引き締まった均整の取れた体つきと堂々たる佇まいで、しかも、しゃべり口調も妙に落ち着いてて、何というか、言葉のひとつひとつが王族の威圧感以上のものを帯びている。


「ん……、どうしたセレス? 私の身長ならかなり前からお前とほぼ同じなはず……。もしかして、抜かしてしまったかな?」


 これ、俺の中では、受けキャラ……というよりも、攻めの部類に入らないか?? バグなのか?


 どこか嬉しそうに笑いながら、殿下はアルチュールの手からポケットチーフを受け取ると俺とアルチュールの両方に向かって、二度「ありがとう」と礼を言った。


 キャッチしたのを見られていたな……。


 それにしても、何かが間違っている。

 ずっと感じていた違和感の正体……、これは、この世界は、アルチュールとリシャールが結ばれる物語りではないのか???


リアクション、ありがとうございます♥

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