◆ 学院編 シルエット家領地へ -30-
茶器が並び、湯気が立つ。
俺はまず、改めてドワーフ兄弟に礼を述べた。
「今回は、本当にありがとうございました」
俺の横で、アルチュールが口を開く。
「……本来なら、うちの馬車の改装だ。セレスより先に、俺が礼を言うべきだった。ありがとう。助かった」
それを見届けてから、子爵が静かに口を開いた。
「依頼主として一言、言わせてほしい。見事な仕事だった。ナタン君も、ありがとう。本気でここに住みたいと思っているんだ」
場の空気が和らいだ刹那、リシャールが軽く咳払いをして後に続く。
「私からも心から礼を言わせてほしい。自分で何かを作るということは、こんなに楽しいんだな。色々教えてくれてありがとう」
ぴしり、と空気が固まる。
「やめてください!」
ドワーフ兄弟が、ほぼ同時に叫んだ。
「シャーにそんなこと言われたら、胃に穴あきますわ」
笑いが、湯気みたいにふわっと広がった。
リシャールはそれから改めて子爵へと視線を向け、穏やかに口を開いた。
「シルエット子爵。貴殿は、本当に良き領民を持っておられる」
ドワーフ兄弟が一瞬、ぴたりと動きを止める。
「技も、心意気も一級だ。――こうした者たちがこの地に根を張っているのは、領主の統治が行き届いている証だろう」
子爵がわずかに目を細め、「ありがとうございます」と首を垂れると、リシャールは、ふっと笑みを深めた。
俺はそれを見届けてから、つい今しがた、ナタンがバラの部屋まで速攻で取りに行ってくれた物を差し出す。
「お二人のおかげで、想像以上のものが出来ました。……それで、これを貰って頂けないでしょうか」
昨夜、ダンサー――彩尾鳥エルヴァンから貰った羽の束。
見た瞬間、ドワーフ兄弟の目が、冗談抜きで輝いた。
「うわ……」
しばし、言葉を失って見つめたあと、ガルムが我に返ったように言う。
「いや、さすがにこんな希少なもの、しかもこんなぎょうさん貰われへんわ」
「実は今朝もまた、ダンサー……あ、彩尾鳥が束で持って来てくれて……。俺がこんなに所持していても、活かしきれないので」
一瞬、顔を見合わせた二人は、すぐに首を振った。
「今回の改修工事の件は、ちゃんと子爵様から報酬が出ておりますよってに」
「せやで。しかも急なことやからと色付けてくれはって。もう、わしら充分ですねん。これ以上はあきまへんって」
そう言われて、俺は思わず苦笑した。
「いや、でも――」
「ほんまにあきまへんて」
「そうそう。気持ちだけ、ありがたく頂きますわ」
間髪入れずに被せられる。
「でも、これ……」
「あきまへん言うてますやん」
見事なまでの押し引きだ。
完全に『関西の遠慮しい合戦』に入っている。
俺は一瞬、視線を泳がせてから、内心で小さく息を吐いた。
関西人の母親を持つ俺には、こういう時の最終手段がある。
何も言わず、一歩踏み出し、ガルムの前に立つ。次の瞬間――、
「え、ちょ――」
止める間もなく羽の束をそのまま、ぐいっと彼の作業着の大きな胸ポケットに突っ込んだ。
本来なら、ここから腰を低くお辞儀をしながら、まるでエビのように後ろに向かって後退すべきだが、馬車の中ではそれは不可能。
「はい、収納完了!」
「ちょ、ちょっと待ちなはれ!?」
慌てるガルムを見て、俺はにっこり笑った。
「返却不可です。ここは俺の顔も立てて下さい。お願いします」
「いや……」
「兄さん、兄さん。もうこれはわしらの負けや……。目に見えん速さでポケット突っ込み技、そこからのこんな綺麗な顔でお願い攻撃をかまされたら、もうしゃーないわ……」
「……ほな、厚かましくいただきますけど……それやったら、後日、加工したもんを皆さんに送らせてもらえまへんやろか……? もちろん子爵様にも……」
「え、私にも?」
思わず聞き返した子爵に、兄弟は揃って頷いた。
「はいな。ここまで世話になりましたさかい」
「それは……嬉しいな」
子爵がふわりと笑って素直にそう答えると、二人は満足そうに胸を張った。
場が和んだところで、ナタンがノートを広げる。
「あの、すみません。宜しければブレッヒェンご兄弟に、ご意見をお伺いしたいのですが……」
そこには、既に簡単な大型バリスタと、連射式ポリボロスの設計図と計算式が――。
どうした、ナタン。今日は格好良すぎて引くレベルじゃないか。“トレモイユ家の秀才”、惚れそうだ。いや、もうそっち見ないけどな。視線は合わさないぞ。
さあ、ここからは本題に入ろうか。
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