◆ 学院編 シルエット家領地へ -29-
リシャール殿下、ナタン、俺、そしてアルチュールと一緒に中へ入った子爵は、ゆっくりと内部を見回し、ベッドの縁に腰を下ろすとそのまま、ぽてん、と仰向けになった。天井を見つめたまま感慨にふけっている。
あとから入って来た夫人は目を輝かせ、「ここでお茶会がしたいわ」とはしゃいだ。少女の様でとても可愛らしい。
様子を見ていたアルチュールが、低く息を吐いた。
「……すごいな」
その言葉に、満足そうに胸を張ったのがシャーだった。
「幾本かの柱に、『シャー』とサインを刻んでおいた。後日、暖炉の上に飾る用の私の肖像画を贈ろう」
「……いえ、結構です。柱のどこに名前を彫りました? 教えてください。削っておきますから」
即答だった。
「なんでだっ!」
「刻むならセレスの名前を、飾るならセレスの肖像画を飾ります」
遺跡へ向かう途中、砦で俺がリシャール殿下に呼び出され、二人きりで過ごした夜のことと、髪紐のプレゼントを、まだ気にしているな。
あのとき、一般生徒は外出禁止だったのに、殿下は立場を使って水属性班の部屋までやって来た。あとでアルチュールに、「俺も会いに行きたかった」と愚痴をこぼされた。
ちなみに勿論、髪紐は今も身に着けている……。
ひとしきりの笑いが去り、外に出ると、後片付けが始まっていた。その傍らでメイドや執事、他の召使たちが順に馬車の中を見学し、感嘆の声を上げながら出て来る。
「――で?」
そのとき、改めて馬車を見詰めていたナタンが腕を組み、不意に、独り言のように口を開いた。
「殿下の馬車は、いつ頃やります?」
一瞬、空気が止まった。
「へ?」
間の抜けた声を上げたのはシャーだった。そして、次の瞬間、勢いよく首を直角に振り、がくん、と音がしそうなほどの動きで、本当に間の抜けた顔をしてナタンを見た。
「王室の馬車ですよ。歴史あるシルエット家はともかく、うちのような成り上がり底辺男爵家の馬車をあれだけ豪華に改装して、それより格下の馬車にあなたが乗るのはダメでしょう? まさか放置ですか? 私の中の崇めるべきランキング、ナンバー1はセレスさまですが、あなた、一応そんなんでも国民から崇められている王族で王太子ですからね」
「いや……そんなんって……だから、私はその……、自分で……」
「そうなんです。殿下が今回、ここまで改造に参加したってことは……どうせ、王室の馬車を学院に持ち込んで、夜な夜な自分で弄ろうとしてるんでしょう?」
ナタンは淡々と続けた。
「こういうとき、ご自身の立場をにおわせ、私に改造しろとは言いませんよね、あなたは。その姿勢は、率直に尊敬しています」
シャーが言葉に詰まる。
「しかしですね、室内拡張は、さすがに一人じゃ無理ですよ?」
ようやくシャーを見て、ナタンは片眉を上げた。
「数式、ずれたら潰れますからね。床が斜めになります。波打ちます。海溝のように深い溝とかできたらどうするんですか。鍵とか落としたら二度と見付かりませんよ? 室内の幅は狭いのに、どこまでも続く奥行、どこまでも高い天井とかも嫌でしょ?」
沈黙。
「……だから、“私がやります”とは言いませんけど、お手伝いしますよ、殿下がやるなら」
ナタンは肩をすくめる。
「ね、セレスさま、アルチュール?」
「ああ、もちろん。手伝います。リシャール」
すぐ隣でアルチュールも頷いて、「俺も手伝う」と言ってから、さらりと続けた。
「どうせなら、内装のあちこちに『アルチュール』って刻もう。柱も、扉も、天井も。分からないようなところにも小さく刻もう」
「分かった。削ってやる!」
間髪入れず、リシャールが楽しそうに口角を持ち上げて言った。
「全力で探して見付けて、全て削ってやる」
あちこちにさりげなく紛れ込ませるネズミー・ランドの“隠れ〇ッキー”みたいなものを頭の中で想像してしまい、俺は思わず口元を押さえた。
アルチュールとリシャールはまだ何やらと言い合っている。この二人もなんだかんだと仲が良い。
そして、今日のナタン……見た目だけでなく、珍しく言う事も格好いいな……、と思って視線を向けた、その瞬間だった。
まるで俺の心を読んだかのように――いや……、確実に読んだな。これは読んだ。
ナタンは俺の視線だけで大体の内心を掴む。今、俺からの感嘆や称賛を感じたのだろう。だから、きゅっと内股になり、ポッと赤くなった頬に両手を当てたんだ。目まで潤ませ、もじもじと身をすくめている。
あえてナタンの気持ちから名付けるなら、『セレスさまに褒められている気がするポーズ』だ。
本人は無自覚に全力で受信して、全力で表現している。
ああ……、全てを残念にしていくスタイル……。『天才 てんさい』と『変態 へんたい』は、母音が同じ時点でアウトだ。
その様子を見届けてから、俺はドワーフ兄弟に声をかけた。
「よかったら……中でお茶でもどうでしょう? ひと段落つきましたし」
「お、よろしおますんやろか?」
「それはありがたい」
自然と話はまとまり、馬車の中に小さな円卓が囲まれる。
顔ぶれは、俺、アルチュール、ナタン、リシャール殿下、ルクレールにジュールの二人、そして子爵。
外のざわめきが嘘のように内部は静かで、革と木の匂いが心地よかった。
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馬車内の改装に関しては、「covered wagon house Bohemian」で出て来るイメージを参考に書いております。




