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◆ 学院編 腐男子鳥

「しかし、これはもう俺だけじゃ対応しきれないな」レオは腕を組んで暫く考え込んだあと、直ぐに首肯した。「今からデュボア先生のところへ行こうか。報告と記録と管理が必要になる。餌と籠も。即、手配できるはずだ」

「お願いします」

 コルネイユ(カラス)はレオの視線を一瞥すると、欠伸をしてから手の中で羽毛を膨らませて丸くなった。レオは一瞬、口元をほころばせ、「寝床を用意してやるからな」と言って、俺と一緒に部屋を出た。


 中庭に面した回廊を暫く並んで歩く。

 職員寮の二階にヴィクター・デュボアの部屋はあった。

 レオが軽くノックすると、部屋の奥から無骨な男の声が聞こえた。

「誰だ?」

「レオ・ド・ヴィルヌーヴです。セレスタン・ギレヌ・コルベールと一緒に、報告があってまいりました」

 短い沈黙の後、中から重たい扉が開く。

 出てきたのは、絹のように滑らかな光沢を放つ薄象牙色の上質なガウンの下から筋肉質な胸元をのぞかせた屈強な男――サヴォワール寮の寮監、ヴィクター・デュボア。逆立つような短髪をわしわしと掻きながら、彼は俺とレオを順に見やった。

「何事だ?」

 レオが一歩前に出て応えた。

「セレスの伝書使(クーリエ)が先ほど孵化しました。あまりにも早すぎるため、報告と確認を兼ねてご相談に伺いました」

 その言葉に、デュボアの表情が引き締まる。

 俺が掌を差し出すと、彼の視線が白い雛へと注がれた。

「成る程、これまた、随分と珍しい色だな」

 コルネイユ(カラス)は俺の手の中で目を細め、軽くくちばしを鳴らした。その仕草に、デュボアの顔がくしゃりと(ほころ)ぶ。

「うん……。よし、中へ入れ。話を聞こう」

 促されるまま俺とレオは部屋に入った。木製の棚には魔術理論書と魔動物図鑑が雑然と積まれ、壁には武具と共に古そうな魔道写真も何枚か飾られている。その前に、小さな丸テーブルを囲むようにして、二人掛けのソファーと一脚の肘掛け椅子が置かれていた。散らかってはいたが、不思議と居心地の悪くない空間。規律よりも実用を重んじる性格が、そのまま部屋にも表れているのだろう。型破りで、けれど信頼に足る人物の生活の一端を垣間見たような気がして、俺は思わず心の力を抜いていた。

「まあ、座りなさい」

 促され、レオと並んでソファに腰を下ろす。デュボアは報告書と思われる書類と水差しとグラスが置かれたテーブル越しに、肘掛け椅子へと体を預けた。

 寮監の部屋は単なる宿舎ではない。寮務や管理記録もこなす作業場を兼ねている。

 俺が手の中の雛をそっと撫でていると、デュボアが俺たちをリラックスさせようとしているのか、満面の笑みを浮かべてこちらに目を向けた。

「てっきり、交際宣言でもしに来たのかと思ったぞ」

 その唐突な一言に、俺の思考は一瞬フリーズした。

「……はぁ~?」

 間の抜けた声が勝手に口から漏れる。一方で、隣のレオはというと、唇の端を愉快そうに持ち上げた。

「それでもよかったかもしれませんね」焦る俺を尻目に、レオはしれっと続けた。「『銀の君』は人気者ですから、先手が肝心かと」

「なっ、なに言って……!」

 耳まで赤くなった俺を見て、ヴィクターがガハハと笑い、レオも続いて笑いながら、「冗談だ」とさらりと流し、肩をすくめた。「ちょっと乗ってみただけだ」

「びっ、びっくりするじゃないですかっ」


 その時だった――。


「うっ……、ん゛ん゛ん゛尊い……」

 手の中の雛が、うつむいてふるふると身を震わせながら、感極まったような調子でぼそりと小さく呟いたのだ。

 俺は静かに息を呑み、笑っているレオとデュボアに気づかれないよう、そーっと目線を合わせた。

 赤くつぶらな瞳が、まっすぐ俺を見つめ返してくる。


 え、待って、やばい。この子、残念な子だ……。


 左の翼を自らの胸に当て、背を丸めてふるふると肩を揺らすように震えるその姿は、まるで二次創作の濃厚CP(カップル)に遭遇したオタクそのもの。


 ――この雛鳥、腐ってやがる!!


 俺は心の中で絶叫した。

 日本で、モノノイ・マリンボール先生の小説に悶絶していた自分。数々のカップリング論争に心を焦がし、夜な夜な推しカプの考察に耽り、妄想と愛で日常を回していた俺にそっくりじゃねぇか!?

 まさか、この異世界で……、しかも俺の伝書使(クーリエ)として目覚めた存在が、同じ志を持つ仲間(ナカ~マ)だったとは。

 俺は思わず、雛鳥をぎゅっと胸に引き寄せそうになって、寸前で思いとどまる。


 冷静になれ、セレス。いや、伊丹トキヤ。


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